music is music デヴィッド・ボウイ論 (前編)

主語の変化

実はこの曲にはもうひとつ見どころがあって、それは一人称の変化です。ここまでは主語が「I」となっていて、つまり「自分のラジオで聴いたら宇宙の音楽が流れてきたんだ」と、個人的な話をしています。

しかし、その後に出てくる歌詞(※D)を見ると「Us」という複数形になっています。

「スターマンがやってくる、私たちに会いに来る」

「私に」ではなく「私たちに」に言いかえているんです。だからここのコーラスで突然スターマンっていう存在が明らかになるだけじゃなく、「私」を含む「すべての子どもたち」へと、話の範囲が拡大されます。

(※E)で「だけどスターマンにいきなり会うと私たち興奮しちゃうかもしれないから、ちょっと落ち着こう」という話になります。ここの面白いところは“ he thinks he’d blow our minds ”です。よく考えると不思議な話で「まだ直に会ったことない人の考えてることがなぜわかるの?」ってことなんですね。しかし、この歌の主人公はもはやテレパシー状態にあるんです(笑)つまり、会ってないけど、彼の考えていることが直にわかっちゃう状態なんですね。

更に今度は“ He’s told us not to blow it ”(※F)と言ってますね。「think」ならテレパシーで考えてることがわかるという程度ですが、ここはもう声が聞こえちゃっていて、「told」。もっとリアルなんです。ダイレクトに「興奮しないで! 興奮しないでくれたら、それに値するようなことが起こるよ」と、スターマンは語りかけてくるわけです。

そして大事なのは、最後の最後に、一人称がまた単数に戻るところです。この差が大きいですよね。さっきはこの声が聞こえる子どもたち全員に語りかけていましたが、だんだん感極まってくると「me」と。ここでのボウイの歌い方を思い出して欲しいのですが、「He told me」のところはかなり感極まっている感じの歌い方なんですね。もうテレビの前のちびっ子は大興奮です。「私だ! 私に言ってるんだ!」って。

ここからはスターマンから個人的にお告げをもらった声です。「Let the〜」は中学で習うようなかなり堅い言い回し。「コドモタチヲカイホウセヨ、コドモタチニテワタセ、コドモタチミンナオドラセヨ」。友だちと交わす言葉というより聖書などに書かれている言葉のイメージです。そんな堅苦しい言葉なのにもかかわらず、最後は「boogie」という言葉でしめられています。この「boogie」は、T.REXの『Born to Boogie』のboogieでしょうね。ここは「T.REXのあのロックンロール!」のように、みんなで踊れということだと思うんです。

そう考えると思い出すのがT.REXの『Hot Love』。この曲の最後にご注目。

どこかで聴いたことあるなといった感じですが(笑)「ラーラーラーララララー」とみんなで手拍子とともに大合唱するこのノリはまさに『STARMAN』の最後のノリと同じではないですか? これも、単なる引用というよりは、スターマンに宇宙に招かれたらみんなどんな感じがする? それはきっとT.REXの『Hot Love』みたいな感じじゃないか? っていうことだと思うんです。

「私に言ってるんだ!」と追い込ませる技術

ここまででもうお腹いっぱいという感じになるかと思いますが、「Top of The Pops」を観ていた人たちは、次の2番でかなりやられたと思うんですよね。なぜかというと、2番の歌詞の方が子どもにはグッとくる内容なんです。

ここ(※H)ですよ!(笑)1番の語り方は過去の話でした。「ある日こういうことがあった」というエピソードめいた言い回しだった。ところが2番は、今まさにあったことなんですよね。「誰かに電話しようと思ってきみを選んだんだ」って、選んだのが「きみ!」っていうときに、ボウイがこうカメラに向かって指差しするんです。

BBCの人たちがこのときどれだけカメリハやったかは定かじゃないですが、実にいいカメラのタイミングなんですね。普段こういうときのカメラというのは正面から撮ると思うんです。正面から撮っていて正面から指差されても、観ている僕らは「ズキュン!」としないですよ。それは舞台を見ている観客にも伝わるから、いわば「生で見ている人に対するメッセージのついで」という感じがするんです。ところが、このBBCの動画を観ると、カメラは、まるで舞台の熱狂から少しはずれた、横の角度からボウイを捉えている。

しかもボウイは突然横を向いて、カメラに向かってさした指をグルグルグルと回します。つまりこれは「このメッセージはここにいる人たちに言ってるんじゃなくて、カメラの前のキミを“選んだ”んだよ!」という意思表示であって、「Top of The Pops」を観ている子たちはみんな「わたしだ!」って思い込むのです。

チャンネル2には何が見えるか?

この後もなかなかおもしろくて「that’s far out」というのは「わぁ!すごいね!キミにも聞こえたんだ」というアメリカンな言い回し、これはさっきのソウルをかけたDJの口調がうつってる感じです。「特定の人しか聴かないラジオを聴いていたら、そこからスターマンの声が聞こえた。僕だけかと思っていたら、え?キミにも聞こえたんだね!」と言ってるわけで、「選ばれた」者どうしの高揚が表れています。

その後(※I)は「じゃあテレビつけようか、チャンネル2だったらあの人が見れるかもしれない」とくる。僕はイギリスのチャンネル2が実際どんなチャンネルなのか知りませんが、何も映ってないチャンネルなんじゃないかなと思うんです。

今のテレビだと登録されてないチャンネルをつけると青い画面がでます。しかし、昔だと未登録のチャンネルは砂嵐が出ていました。砂嵐っていかようにも見えるものだから、じっと見つめていると、なんだかわけのわからないものが見えるかもしれない。そこにスターマンの姿が浮かぶかも……そういう感覚です。

つまりこれ、ラジオを見た子どもから「Top of the pops」というテレビ番組を見ている子どもへの誘いになってるんですね。ボウイはテレビ番組で放映するためにこの曲を作ったんじゃないでしょうけれど、結果としてはまさにテレビ向けの歌だったことになります。

歌詞から広がる、聴き手の“ 同盟感 ”

こうやって2番の歌詞を聴いているうちに、1番の歌詞で言ってた「us」が誰のことを指しているのかわかってくるんですね。最初は「us」って、抽象的な概念で「僕たち」「私たち」だったけど、2番になると、電話しあう「us」、テレビを確認しあう「us」、「ああ!キミも聴いてたんだ」って、パーソナルな関係の「us」なんだという気がしてくるんですよね。

ここから言葉はいよいよ生々しく、過去形から現在形になる。「Look out your window」「僕は彼の光が見えるんだけど、ちょっと窓を開けてみて」、「If we can sparkle he may land tonight」「何かキラキラさせたらおりてくるかもよ」って、今まさに起こっている話になっています。

この(※J)「Don’t tell your poppa」という言い方もちょっとアメリカンなひょうきんな感じで、当時のイギリスっぽくない言い方ですね。そこからさっきのサビに入ります。そうするとかくしてこの2番を聴いた人たちは「私たち」というのは、もはや抽象的な「私たち」ではなく「電話をかけたきみと僕」として、サビを聞き直すんですね。

デビッド・ボウイは不思議なことをします。同じことを歌ったときに1番を聴いた後のサビの印象と2番を聴いたあとのサビの印象がぜんぜん違うんですね。そういう構造を作っているってことです。

『STARMAN』は、宇宙からスターマンがやってくるっていう歌ですが、スターマンと交信できるのが「誰なのか」というのが少しずつ明らかにされていることがポイントなんですね。

スターマンに気づいたのはまず「僕だ」「私だ」、だけど「私だけだと思ったけどキミもなんだね、じゃあ私たちスターマンに会いに行けるかも」という感じで、だんだん同盟ができていくんです。しかもスターマンのメッセージというのは、子どもに対するメッセージなので、おそらく古い大人にはわからない。「私たち、子どもだけにわかる」メッセージとして聴かれるように作られているんです。

はい、ここまでスターマンのお話でした。

当時のボウイは『STARMAN』のような「子どもにしかわからない、大人はわかってくれない」という感覚や「ここじゃないどこかに新しいジェネレーションがやってくる、それは子どもにしかわからない存在であり、それがスターマンだ」という構図を作っていたんだと思います。

そして、この構図やモチーフは繰り返し繰り返し、ボウイの歌にあらわれるのです。

ページ: 1 2 3

ロゴ:平松るい / 文 : 細馬宏通

        
細馬宏通
細馬宏通(ほそま・ひろみち)
1960年生まれ。現在、滋賀県立大学人間文化学部教授。 専門は日常会話の身体動作研究とメディア史。介護、手話会話、演劇、ゲームなどさまざまな場面で人の動作について考える一方で、明治期以降の塔や絵はがきの果たした役割について論考しています。著書に『浅草十二階』『絵はがきの時代』(青土社)。バンド「かえる目」では、ボーカルと作詞・作曲担当。 ブログ:http://12kai.com/wp/ かえる目:http://12kai.com/kaerumoku/