うたのしくみ Season2 第4回 ABBAは何人いるのか? –『ダンシング・クイーン』–

 こんにちは。細馬です。Season 2ではもっぱら、歌における複数の声のあり方を考えているのですが、今回とりあげるのはABBAの『ダンシング・クイーン』(1976)です。
 この曲については、昨年の8月、安田謙一さんとNHK FM番組『しりすぎてるうた』で50分かけてお話したのですが(この番組、2014年夏もまたやります http://www4.nhk.or.jp/P3227/26/)、この「うたのしくみ」では番組では触れなかったことも含めて、改めてこの曲について考えてみようと思います。

 その前に、二つほどクイズを。

・ABBAは何人組でしょう?
・メンバーの名前を知っているだけあげて下さい。
・『ダンシング・クイーン』の歌い出しは何でしょう?

 正解はジャケット写真のあとで。

LINK

 では答えを。最初の問題はジャケットを見れば明らかですよね。ABBAは女性二人、男性二人、二つのカップルによる四人組です。ではメンバーの名前は? 一応書きますと、アグネッタ・フォルツコグアンニ・フリード・リングスタッドが女性、ベニー・アンダーソンビヨルン・ウルヴァースが男性です。さらにアグネッタとベニー、アンニ・フリードとビヨルンが元夫婦で…
 あー、もう覚えられん! 実際、ABBAは当初、ビヨルン・ベニー・アグネッタ&アンニ=フリードというグループ名だったのですが、これでは長すぎてとても覚えられないというので、頭文字をとってABBAと名付けたんだそうです。なるほどこの方が圧倒的に覚えやすい。
 覚えやすいのですが、これだとAとA、BとBの区別がつきません。ABBAの声に関する話をするにあたっては、せめてAA、すなわち二人の女性ボーカルの区別はしておきたい。というわけで、ラジオでも紹介したのですが、覚え方を考案しました。

 ブロンドを探しあぐねた(アグネッタ)庵に古井戸(アンニ=フリード)

 これで、二人の名前とともに、容姿と声の特徴を覚えることができます。アグネッタはブロンドで高い声(あぐね「た」で高い、と覚えましょう)、一方、アンニ=フリードは栗色の髪で、声が深い(古井戸のように深い、と覚えます)。「ブロンドを探しあぐねた庵に古井戸」。二人の名前は、このあとたびたび出てきますんでよろしくお願いします。

 さて、残った問題は歌い出しです。「ユー・アー・ザ・ダンシーング・クイーン」と答えた方、残念でした。歌い出しはそこではありません。頭の中で最初から再生できる人はお気づきでしょうが、歌詞で言うと「ユー・キャン・ダーンス」のところから歌は始まります。
 では、「ユー・キャン・ダーンス」が唯一の正解かというと、実はそれもちょっと違います。歌詞の入ってくる前をよくきくと、二人のボーカルはその5拍前から「うー、うううーーーー」と歌い始めています。だから、もう一つの正解は「うー、うううーーーー」です。
 しかし、実はこの答えもちょっと正確ではない。よくきくと「ユー・キャン・ダーンス」の一拍前、ここで、突然、輝くような声が歌を奪い取るようにさっとフェイドインしてきて、「うーユー・キャン・ダーンス」と歌い出しているのです。だから正解その2は「うーユー・キャン・ダーンス」。歌詞の前に「うー」と入るのがそれほど大事なのかと疑問に思われる人もいるでしょうが、この短い「うー」のおかげで、それまで後ろを向いていた二人がさっとこちらに向き直る、あのプロモーション・ビデオのときめく感じが出るのです。

 クイズ形式でさらりと書きましたが、これ、よくよく考えると奇妙なことじゃないですか? 歌詞が始まる前にボーカルが入れ替わるだなんて。
 冒頭で「ABBAは何人組でしょう?」と間抜けな質問を書きましたが、実はこれ、わたしが初めて『ダンシング・クイーン』を聞いたときに最初に持った疑問でした。本当に、何人組かわからなかったのです。そして、その最大の理由は、今にして思えばこの歌い出しに見られるような声の多重録音でした。本来二人であるはずのボーカルが、『ダンシング・クイーン』のコーラスは、何パートあるのかわからないくらい重ねられている。そのせいでとても二人にはきこえない。
 同じ多重録音でも、「何人?」という問いが起こらない場合もあります。たとえば、カーペンターズは、カレンとリチャードの声を幾重にも重ねる録音をおこなっていますが、わたしは、カーペンターズを初めて聞いたときに「何人?」とは思わなかった。彼らとABBAとの違いは、声の重なりの連鎖をどう扱うかにあります。たとえばカーペンターズの『恋にさようなら I’ll never falling love again』という曲では、「Here to remind you」という部分に恐ろしい回数の多重録音がなされていることで有名ですが、声はフレーズが一つ増えるごとにそれとわかるようにはっきりと増えているので、聴いた瞬間に、あ、同じ人の声をだんだん増やして重ねているのだなと判ります。彼らの場合、カレン・カーペンターが一曲を一人で歌いきっているように感じさせるのが魅力なので、途中でカレン1とカレン2が交代しているように聞こえるようでは、よろしくない。だから、原則として声はある時点からはっきりと増え、そしてはっきりと減る。

 ABBAの『ダンシング・クイーン』はそうではない。二人しかボーカルをとっていないのだと知らされても、にわかに納得できません。その秘密をさらに詳しくきいてみましょうか。

 さきほどは歌い出しのところを考えましたが、さらに遡って、曲のいちばん最初、ピアノがギャッとグリッサンドを弾いた直後を思い出してみましょう。わたしは十代の頃、このグリッサンドに続く「あーーああーーああああーあー」という高い声をラジオできいて、なんて美しいコーラスだろうと心動かされた記憶があります。
 ところが、いま、その「高い声」と思った冒頭8小節をよくきくと、メロディを鳴らしているのは声だけではない。むしろ、その多くの成分は、どうやら何かの楽器なのです。オーボエに似た音色ですが、正直わたしの拙い耳では楽器名を特定できません。もしかしたら当時ビヨルンが用いていたミニムーグか何かが重ねられているかもしれません。
 では、人の声は鳴っていないかと言えば、うっすら鳴っています。それもオクターブで。『ダンシング・クイーン』の歌の本体は、全体的にかなり声を張って歌われていますが、このオクターブのコーラスは、むしろボリュームを落として、余裕をもって録音されている。そして、何度もきき直すと、この「あーーああーーああああーあー」を人の声らしくしているのは、どうやらオクターブ低く歌われている声に含まれている微かなビブラートであることがわかってきます(おそらくこのビブラートは、アンニ=フリードのものです)。しかし、それは、あえて音を分解するようにきいた結果であって、素直にきくなら、このオクターブ低い歌声は、オクターブ高い音声と分かちがたく結びついている。エレクトーンやオルガンの音色をいじったことのある方はご存じでしょうが、一つの音にオクターブ上の音を足していくと、理屈の上では複数の音になるはずなのに、むしろ音が複数になるのではなく一つの音の音色の変化として感じられることがあります。『ダンシング・クイーン』のイントロは、それに近い。楽器音とリラックスした人声によるコーラスとがオクターブで絶妙にブレンドされることによって、アグネッタともアンニ=フリードとも違う、新しいコーラスグループの声色が産み出されているのです。

 この冒頭8小節のたゆたうようなコーラスを「ABBA1」とするなら、先に書いた、歌詞の五拍前から「うー、うううーーー」と少し輪郭を強めてオーバーラップしてくる歌声は「ABBA2」、さらに歌詞の一拍前から歌声を乗っ取るように「うーユー・キャン・ダーンス」と歌い出すのが「ABBA3」。
 驚くべきことに、『ダンシング・クイーン』の最初の歌詞が歌われるとき、ABBAはすでに三度目の転生を生きているのです。

***

 曲の冒頭で示されるような声の転生は、曲の他の部分でもきき取ることができます。手がかりとなるのは、歌い方の変化です。たとえば要となる「You are the Dancing Queen」というフレーズの直前。ここで「チャンス」という単語が歌われるのですが、二人は、「ちゃー、ああんす」と、一つの単語の中にとりつくことのできる小さなひっかかりを設えるかのように、微細な音程の変化を埋め込みながら丁寧に歌います。ここはアンニ=フリード成分の機知がきいている。一方、直後の「You are the…」というコーラスでは、アグネッタが本気を出して、歌声は急にミラーボールが回り出したかのように輝きを帯びます。
 あるいは、一番の途中、「You can dance」の直前で、「おーいえー」と声が上がるところ。おそらくアグネッタでしょう、きゃーっと高い声で絶叫しているのが聞こえます。こんなに叫んでしまっては次のフォルテシモを歌うことはできない。しかし、「You can dance」というフレーズに入ったとたん、彼女の声はまるで水からあがったばかりのような艶やかさで歌っています。明らかにアグネッタ1とアグネッタ2がいる。さらにその次の「You can jive」のところも、アグネッタのうちの一人(妙な言い方ですが、声が重ねられているのでそうきこえます)が勢い余って啖呵でも切るように声をはみ出させているのですが、その次の「Having the time of your life」で声は全く衰えを見せません。
 このように『ダンシング・クイーン』では、(おそらくは複数のテイクを用いて)歌声の声色を劇的に変化させたり人間離れしたフォルテシモを息継ぎなしで連続させているため、きいている方は、いったい何人で歌っているのかわからなくなってくるのです。

***

 声色は、ただ交替するだけでなく、メロディの中でさえ変化していきます。実際のところ、ABBAの声が影分身のごとく何人にも聞こえるもう一つの理由は、アグネッタの高い声とアンニ=フリードの深い声のブレンド加減にある。
 この声色の変化は、二人がユニゾンで歌うところで特に顕著です。メロディの高い部分はアグネッタの声が優っているので、きらきらと輝くような声質になるのですが、そこからメロディがくぐもって「you come to look for king」のあたりにくると、もうアンニ=フリードの領分で、ちょっとドスがきいた感じになります。
 あるいは、「Night is young and music, high」のところ。この「はーーーい」には、独特のお色気があって、クラブで踊っていれば必ず誰かと目線を合わせて笑い合う部分ですが、それはアンニ=フリード成分がぐっと引き上げられて、声の深みが増しているからでしょう。
 コーラスのハーモニーにもこうした微細な変化が感じられます。「Dancing Queen /Young and sweet only seventeen」のところはアグネッタが高い声で主導権を握っているように見えますが、実は低い音でハーモニーを重ねているアンニ=フリードの方が、声の伸びが長く、音程を変化させている。だから、フレーズの終わり、「セブンティーン」というところでは、最初はアグネッタの声が目立ってきこえるのですが、セブン「ティーン」と声が伸びていくところで、いつのまにかアンニ=フリード成分がぐっと上がっている。
 さらにおもしろい効果が、カウンターメロディにほどこされています。サビの途中、「Having your fun of your life」のところをよくきいてみましょう。歌と同じ旋律を、オクターブ低い声が歌詞なしで歌っていることに気づきます。この低い声には、かすかに柔らかいふくらみがあって、アンニ=フリードの声質がよく表れています。ところがおもしろいことに、最後の「life」のところから、このオクターブ低い声は主旋律をはずれてどんどん上昇し、カウンターメロディへと変身していきます。しかも上昇するだけでなく、そこにオクターブ高い声が重ねられてその割合を増していくため、気がつくとそれは冒頭のコーラスに似た夢見るような声色となって、歌の旋律よりはるか高みに達しています。
 音の錯覚のひとつに「無限音階」というものがあります。これは、オクターブ上の成分に徐々にオクターブ下の成分をまぜていくことで、メロディが上昇しているはずなのになぜか音が同じ高さの音階を繰り返しているように錯覚させるというものなのですが、『ダンシング・クイーン』のサビで歌われるカウンターメロディは、この無限音階と全く逆の現象です。まずオクターブ下の成分を強めておいて、そこにオクターブ上の成分が混ざる。そのことで、きき手は全く予想しなかったメロディの高みへと一気に引き上げられるのです。

 この引き上げられたカウンターメロディは、「See that girl, watch that scene」というフレーズと合流します。巧妙にもこのフレーズは「that」ということばによってばっさり声が断ち切られて、その切れのよさがビートとぴったり合っているのですが、合流してきたカウンターの方は断ち切られることなくずっと背景で持続音を歌っている。その結果、まるでビートに合わせて踊り狂う宇宙人の足もとで、宇宙船が静かに運行しているかのような浮遊感を生んで、冒頭の不思議なコーラスへと戻っていく。

 以上のように、『ダンシング・クイーン』は、異なるテイクからなるコーラスの交替、アグネッタとアンニ=フリードによる万華鏡のような声質の変化によって、何通りものABBAがいるかのようなドラマチックな音響を実現しているのです。

***

 「Having your fun of your life」の部分で流れるこの不思議なカウンターメロディの低い部分がはっきりきこえる貴重な録音が、サウンド・エンジニアのマイケル・B・トレトウの証言とともに残っていますので、ちょっとそれを見てみましょうか。

 インタビューの中でマイケルは、アグネッタとアンニ=フリードの声質の違いについて「二人はぴったり合う声質。アグネッタはすごくパンチがきいていて、アンニ=フリードはハイファイ。二人が合わさると、きらきらしていて、しかも柔らかく深い。お互いが補いあうような声なんだ」とコメントしています。その声をどうやってミックスしたかという肝心なことについてマイケルは詳らかにしていませんが、彼のかけたマジックがこの曲に大きく貢献していることは間違いのないところでしょう。

***

 幾通りもの声がきこえてくることは、『ダンシング・クイーン』の歌詞の意味さえ変化させます。そもそもことば通りに捉えるなら、この歌は、「You are the dancing queen」と、単数形のクイーンについて歌っているに過ぎません。しかし、複数の声が歌うことによって、歌の対象であるクイーンもまた複数化される。その結果、この歌は、おひとりさまのダンシング・クイーンではなく、ダンシング・クイーンたちの歌となる。幾通りものABBAの声が表れることによって、ダンス・フロアにはダンシング・クイーンが増殖していく。
 そのクライマックスが、先にあげた「See that girl, Watch that scene」の部分です。「that」という歯切れのいい単語によって、アグネタとアンニ=フリードの声は、まるでカメラのシャッターを切るようにくっきりと、ダンスフロアの瞬間を切り取ります。フロアで踊ればわかりますが、このフレーズでは、どんなに熱を込めて踊っている人も、自分ではない別の誰か that girl を指さし、周りのシーン that scene に目を向けることになる。では、このフレーズのせいでわたしはダンシング・クイーンではなくなり、踊りに興じていたシーンから引きはがされてしまうのでしょうか。いや、そうではない。なぜなら、わたしは誰かを指さすだけでなく、誰かから指さされ、そのことでシーンに居る人になるからです。
 ダンス・フロアにいるクイーンたちは、複数で踊ることによって、お互いを指さし、お互いをシーンの中に見つける。この決定的瞬間に、アグネッタたちやアンニ=フリードたちは「that」でシャッターを切り、girlを見つけ出し、sceneを記念する。ダンスフロア全体は巨大な宇宙船のごとく浮上する。
 かくして『ダンシング・クイーン』は、複数の声によってお互いがクイーンであることを見いだしていく (digging the Dancing Queen) 歌になるのです。

***

 ABBAのボーカルは二人だけれど、『ダンシング・クイーン』をきいているわたしたちの頭にとっては、けして二人ではない。
 もしわたしたちが自分の頭の中にある『ダンシング・クイーン』を再現したいと思ったら、何人の人が必要でしょうか。その答えは、YouTubeで「dancing queen chorus」で検索してみればわかります。そこには、ダンシング・クイーンを多人数で歌うことに憑かれた人がたくさん見つかることでしょう。

 『ダンシング・クイーン』の持つ声の複数性の魅力は、1999年に発表され今も世界各地で上演されているミュージカル『マンマミーア!』にも受け継がれています。
 このミュージカルは全編がABBAのヒットナンバーによって進行するいわゆる「ジューク・ボックス・ミュージカル」です。そのハイライトの一つはもちろん『ダンシング・クイーン』。この曲は登場人物全員によって高らかに歌われるのですが、おもしろいことに、二人ではなく大人数で歌うことによって俳優たちの異なる声質が混じり合い、かえってABBAらしく響きます。
 フィナーレでもう一度歌われる『ダンシング・クイーン』では、観客席も大合唱し、老若男女の区別なく、それぞれが自分の内なるクイーンを立ち上げる。『マンマミーア!』はいわば、『ダンシング・クイーン』における二人の多重録音を多数の声へと変換し、声のクイーンを複数化するミュージカルなのです。

ロゴ:平松るい / 文 : 細馬宏通

        
細馬宏通
細馬宏通(ほそま・ひろみち)
1960年生まれ。現在、滋賀県立大学人間文化学部教授。 専門は日常会話の身体動作研究とメディア史。介護、手話会話、演劇、ゲームなどさまざまな場面で人の動作について考える一方で、明治期以降の塔や絵はがきの果たした役割について論考しています。著書に『浅草十二階』『絵はがきの時代』(青土社)。バンド「かえる目」では、ボーカルと作詞・作曲担当。 ブログ:http://12kai.com/wp/ かえる目:http://12kai.com/kaerumoku/