ポール・マッカートニーを想像してごらん 第2回「オレが選んだパートナーはヨーコとポールだけだ」by ジョンレノン

例えば、海の上で
「舟が沈みそう!脱出ボートには1人しか乗れない!
あ、愛するあの人が自分で海に、、、、ワタシだけが生き残った、、」
と、なったりして、貴方ならどう感じます?
映画「タイタニック」みたい感じ。

「自分は残されてしまった、、」
それは辛すぎる。
それは語りたい、、伝えたい、自分の癒しのために
もしかしたら誰かのために、。
そんな「物語」は映画の中だけではなくって。

思えば、失うばかりの人生だった、と。
14歳の頃に母親を病気で亡くす。
28歳の頃に愛するバンドを失う。
38歳では最も信頼する相手、尊敬していた親友を突然亡くす。
55歳で伴侶を母親と同じ病気で亡くす。
現在72歳。

どうでしょう?意外と切なくないですかね。
本当に本当に大事な相手を失っていてばかり。
優しかった(らしい)母の死、
鴛鴦歌合戦で世界を一緒に回った伴侶の死、
(伴侶のカメラマンとして資質素晴らしい)
そして、、最も創作的に影響受けたかつての幼なじみ相棒の死。

「死」にまつわる悲劇とは一体誰にとっての悲劇なんでしょうか。

1980年、ニューヨーク、ダコタハウス前で
起きたその出来事は晴天の霹靂で
酷い状況だったのはまちがいなく、。

この案件のみ「想像してごらん」
と言われても、血まみれの現場が思い浮かび、
ちょっときついなあ、と。
想像出来るのは「ああ、やりたかった事が沢山あったはずなのに」
という彼の思いを想像するくらいで、。
残された日本人の伴侶みたいに家族ではなかったけれど
「僕は彼と確かに生きていた」と感じている
かつての幼なじみにとって
それはどういう出来事だったんでしょうか?。

殺された相棒と彼との関係は
世界が知っておりました。
マスコミは彼らを引き裂かれた兄弟と見なして
生き残った方に聞きますよね
「どうです?今の気持ち」って。
本当は
「どうもこうもあるか!おいらだって
突然聞かされて混乱してるんだよ!バカ野郎!」
とビートたけし風に答えたいところだったと推察しますが、
あいにくも彼はイギリス人。
で、彼の注目されたその答えは世界に配信されました。

一言。
「うんざりだよ」。

この時のやり取りについて
答えた本人も「あれは誤解された」と後に語っていて。
評判が悪すぎた原語で語った
「It’s a drag」。

これについてだけは「想像してみる」んです。
「またか、またか、また失ったか。またいなくなったか」。
そう思うのだろうな、ポールは、って。
「大事なモノを失う。それに対応して生きているのがオレだ」って、
いつもの事だ、大変な事の始まりだ、
だから「うんざりだ」って。

ポールの資質ででかいな、と想像しているのはここで。
「哀しい感情に対抗して生きる」
なぜならそれは「態度に出せないほど哀しい事だから」と。
いや「態度で表現する回路をおさえているので別の表現で溢れてしまう」と。

14歳で慕っていた母を失う、
その哀しさを忘れたいがごとくギターに熱中していた頃
年上でマイルドヤンキーだった先輩の君と出会う、
結果その関係が世界的な成功に結びついて
大きな喜びになる、万歳!君がいてよかった!
でもその関係性は彼が突然去る事で終わる、
(オレが去って眠れるかい?と後に歌われたりする。キツいっすな!)
でもその時には支えてくれる優しいロングヘアーの伴侶がいた、
なんとか立ち直って二人で大きく羽ばたく、
次は2人で世界に羽ばたく!
その成功が落ち着いた頃に、
決着つけたいと思っていたあの先輩を失う、、、
(本当は君を愛していたのに、、)
そして、それからしばらく、
老後を一緒に過ごすはずだった
伴侶をいつも僕を「見ていた」を彼女を亡くす。

どうでしょ?、。
その哀しみと「対抗する」のが
ポールの音楽の原動力かもしれないと
勝手に想像してしまうのです。
「失ったときにどうするか?僕は音楽でそれに立ち向かうのだ」。

で、僕たちとの共通点。
「自分たちの原動力と同じかもな」って。
(才能の差はありますよ、当然ね)
彼みたいな著名人ではない人でも
「辛い時期を乗り越えた記憶こそが自分の記憶なのかな」って。

「ポール・マッカートニー」
「なぜ、いつまでも続けるのか?なぜいつまでも魅力的と思われるのか?」

実は、最近、名実ともに世界的な日本のアニメーション監督の言葉に
心を強く動かされました。
「僕がなんでこんな苦しい事をいつまでも続けているのか?
それは誰かを喜ばせる事にしか自分の存在意義がないからですよ。
僕はお袋を喜ばせたかったんだ。
病気がちのお袋を喜ばせたいという思いが強いんです」。
70歳を超えた彼、視線は目の前の絵に向かいながら鉛筆を動かし続けておりました。
昨年ついに引退を発表したその監督の映像を見て
ちょっと想像したんです。
「あ!同じだ」。ポールと同じだなって。

「誰かのために動かされている自分」
これは相手の死に限らず
「何かに強烈に影響されているから」
その行動は
「自分では止められない」のでは、と。
お金が出来たら終わり、幸せになったらおしまい、
ではなく、
目的は別にあるからこそ
その創作は永遠に続くのかな?って。

「やらざるを得ない事」が
才能によってカタチになり
それが僕たちファンにとって
素晴らしい作品になって立ち現れる。

その瞬間があるから
「世界は想像するに足るのだ」と
そう、思ってます。
いやはや。
そう思うと失うってどういう事なんでしょうか、。
やばい話ですね。
「失う事から何かが生まれる」なんて
思いたくもないのに、。

で、最後に。
ジョンの死でポールはうっかり「うんざり」してしまったのですが
想像するにこのジョンの一言で救われているのではないか?
そう勝手に想像してみます。
殺された相棒が最後のインタビューで語った言葉。

「オレが選んだパートナーはヨーコとポールだけだ。なかなかいい選択だろ?」

p.s.
そんな我慢強いポールも
時々本当に時々ふと感情が溢れてしまう瞬間がある。
この映像はファンが撮影した映像なんですが、
ジョンとの思い出を歌っている曲の途中でポールがいきなり感極まっている風景が映されております。

なぜこの時この場所で彼は泣いてしまったのか?
そういう本質的な心情だけは誰にも分からないのです。
でも、だからこそ、この光景はjohnとpaulの関係を妄想している
僕みたいなファンにとってもたまらない瞬間なのであります。

題字・バナー:西島大介 / 文 : 宮崎貴士

        
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宮崎貴士
ポールと漫画が好きすぎる音楽家。 ソロ作品「少太陽」「アステア」をOut One Discよりリリース。 09年より「図書館」に参加。http://www.toshokan.net/ 10年より「グレンスミス」参加。http://glensmith.net/ 他、岸野雄一氏のバンド、ワッツタワーズに楽曲提供参加。 http://www009.upp.so-net.ne.jp/miyazaki/