ポール・マッカートニーを想像してごらん 第1回 「ポールの悪口を言っていいのはオレだけだ」byジョンレノン

「ザ・ビートルズ」

僕はこのバンドの名前をどこかで読んだり聞いたりするたびに
今だに不思議な気分になるのです。
変な話ですが「The Beatles」という表記を見ても、あまり不思議さを感じないのに、カタカナで「ザ・ビートルズ」や「ポール・マッカートニー」、「ジョン・レノン」と表記されたり、その名前を日本人の誰かの口から聞いたときに不思議な感じになるのです。
なぜなんでしょう?僕だけの話なのかな?。

「なぜ君はポール・マッカートニーという人を知っているの?
いつ知ったの? 何を知ってるの?」って。

ご近所の八百屋のオヤジさんも蕎麦屋のおかみさんも知っているはず!
と思えるのはなぜなんだろう?という不思議さ。
彼らは曲の最初の一節さえ歌えるかもしれない。
店先で「イエスタデイ」を、「ナナナナ~」と「ヘイ・ジュード」を。
または両曲を。
「ザ・ビートルズの曲はどこでも世界中でも誰でも知っている気がする」
というこの気配と、自分の脳内にある
「ポール大好き!!ウイングス!ワフ~ッ!」
という「ポール・マッカートニーの音楽」が
別なもののような、なんか距離があるような気持ち。

誰にでも知っている音楽に魅力があるのは(あるのでしょう、おそらく)、
なぜなんでしょうか?。
いつまでも、誰にでも、どこまでも。
なぜ彼らの曲はいつまでも「楽しい!」のでしょうか?。

ビートルズの曲を誰もが知っている不思議さを考えると、ことさらポールの曲について考えると、「じぶんたちの不思議」につながるから、いつまでも好きなのかな?という気がしている。

実はもしかしたらポールの楽曲の魅力って
「関係性が作る創作」だからではないか?!と、思っている。

ご存知のように、ビートルズの曲のほとんどは、
「レノン/マッカートニー」というクレジットになっています。
これは、作詞:レノン/作曲:マッカートニーという意味ではないのです。
どちらかのソロ作であっても、また場合によっては前半はジョンが作り、後半がポールだったりする場合も、バンドが存続する限り、この表記で統一しようという約束があって、そうなっているのです。これがちょっと他のバンドや、ソングライター・チームとは違った特殊な事情ですね。
そこで関係性が作る創作ってことが浮かび上がってきます。
ポールは誰を見て、誰の言う事を聞いて音楽を作ってるの?。
その相手が死んでしまった今でもポールの頭に残る
眼鏡をかけたその男。
マザコンならぬレノコン、、。
そしてその「二人」が二人ともにローティーンの頃に
そろって母親を亡くしているという事実、。
(ここは突き詰めて考えるとオカルトの域ですね)。

「ポール・マッカートニーの音楽」

「あら?!いい曲だよね~、ビートルズだ」を考えると
「不思議な感じ」が尽きないのは「何かが後ろに詰まっている!」から。
で「何かが後ろに詰まっている!」は誰もが君も僕も同じかも?!。

ジョンとポールだけではない、
リンゴもジョージもジョージ・マーティンもブライアン・エプスタインもいる
「ザ・ビートルズ」。
その「関係性の創作」。
だから憧れ嫉妬。
だから「自分もバンドをやろう」と世界中の人が。
そして最後はバンドメンバーに棺を担いでもらうのだ。

しかし、なんですか?そもそも「関係性から生まれる創作」って。
個々の才能とは関係がないの?

「バンド」というカタチから始まったポールの音楽ってなんだろう。

それでは始めてみようかな。ジョン・レノンに怒られないように、、、
悪口にならないように、、。
さあ、「ポール・マッカートニーを想像してみよう!」。

題字・バナー:西島大介 / 文 : 宮崎貴士

        
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宮崎貴士
ポールと漫画が好きすぎる音楽家。 ソロ作品「少太陽」「アステア」をOut One Discよりリリース。 09年より「図書館」に参加。http://www.toshokan.net/ 10年より「グレンスミス」参加。http://glensmith.net/ 他、岸野雄一氏のバンド、ワッツタワーズに楽曲提供参加。 http://www009.upp.so-net.ne.jp/miyazaki/