第5回:なにみてなぞる

 「かきもじ」って言っても、文字にもいろいろかきかたがありまして、漢字で表わしたときの「書く」と「描く」の違いっていうのがあります。「書く」はカリグラフィ、「描く」はレタリング、とか言われたりもしますね。筆とか筆記具をつかって一発でこうグイッとやるのが「書く」で、文字をデザイン的にとらえて設計しつつやるのが「描く」みたいなかんじ、とでもいいましょうか。じゃあ「なぞり文字」は書いてるのか、描いてるのか、という話。

 このへんの「書き文字」と「描き文字」の違いについては、平野甲賀さんと川畑直道さんが小宮山博史さんをゲストに読んで語った「描き文字考(序)」なんかでも、あれこれ言われてますので読んでみるといいかも。
 んで、最初「文字なぞり」と出会ったときは、「描いてるんだろう」と、いわゆるレタリングだと思ったんです。つまり既存の文字の輪郭をなぞってその内側を塗りつぶすっていう、塗り絵みたいなものだろうなぁと。いまはほとんどやらないと思いますけど、昔のデザイン科の学生とかは、そういう風にしてレタリングやってましたから。
 だけど前回、「曲線や抑揚のついた文字が好き」とか「普段の書き文字に近いサイズがいちばんなぞりやすい」とかいうことで、わりと書き文字に近い感覚なのかなぁと思ってきたのです。でもなぞってる。果たして「描いて」いるのか「書いて」いるのか、どっちなんだろう。しかもなぞろうとしている対象の文字は、必ずトレーシングペーパー越しに見なければならないわけで。そんなこんなで今回、こんなお願いをしてみました。
 「文字をなぞったやつを、さらになぞってみたらどうなるか」っていう。 まずいちばん最初に、打ち出した文字にトレペをかけてなぞりますよね。で、なぞりあがったその文字に、また新しいトレペをかけてなぞる、と。これを何回か繰り返してもらったんです。 なんというんでしょうか、コピーした原稿をさらにコピーを繰り返すと、次第に線があまあまになっていくじゃないですか。つぶれたりとか。で、下手したら読めなくなったり別の文字に見えちゃうことも、ごくたまにある。ま、今のコピー機は優秀なのでかなり繰り返してもシャープなままだったりしますけどね。なので「文字をなぞったやつを、さらになぞってみる」ことによって、トレペ越しに見える文字があいまいになっていく中で、自分はその文字をどう認識しながらなぞって行くんだろう、というのが気になったんです。

 さて、実際にやってもらった、なぞり文字をなぞったものが以下になります。いちばん上が最初になぞった文字で、それをなぞったものが順番に下に並べられています。5回ほどなぞりなぞりしてもらってます。「なぞっていくにつれて、だんだん文字が細くなりました」とは、文字なぞり部長のまろの弁。

伊藤ガビンの日記まんじゅうは面白いなぁ。

↑なぞり図版はクリックすると拡大表示します

 たしかにこれはよく起こりそうですね。 トレペをかけた下の文字からはみ出ちゃうと、なぞろうとしたその文字が見えなくなっちゃう。だからはみ出ないようにと気をつけた結果、ついつい線が内側にきてしまって、なぞりが進むにつれ全体的に文字が細くなってしまった、と。 元の字の輪郭線が最大の境界線となるわけですね。「上からなぞる字は決して下の字よりも太くできないの法則」。これを5回繰り返せばたしかに細くなってきそうです。

 ところでちょっと話逸れますが、このなぞりの例文がどうして「伊藤ガビンの日記まんじゅうは面白いなぁ。」なんでしょう? さっそく部長に聞いてみたところ「漢字とひらがなとカタカナがバランス良く入っているから」とのこと。これで思い出したのが、かつて写植というのが全盛期だった頃、写植メーカーの写研の書体見本帳の例文が「愛のあるユニークで豊かな書体」というやつで、これは当時をよく知るグラフィック系のデザイン界隈の人にはガッツリ刷り込まれている馴染み深いフレーズなわけですが、やっぱりこの例文になったいきさつも、漢字とひらがなとカタカナがバランス良く入っていて、その書体の形の特徴が伝えやすい、というような工夫があったようです。

 閑話休題。重ねてなぞりつづけることで、なぞった文字が細くなっていってしまうのは、トレペを重ねて下の字をなぞるという手法の宿命なのか、と思っていたところ、なんと部長は別途お手本を用意して、それを見ながらなぞる、という方法を見出したようです。
 「トレペの下に置くなぞりの対象と別に見本がある場合はそれを、ない場合はトレぺをめくって、元の字を確認しつつなぞるようにしています。大きい文字はそうでもないんですけど、小さくて自信がないのはよく見ます」
 そんなふうにしてなぞられた文字、20回ほど繰り返しなぞられたものを一気に並べてみてみましょう。……ていうか、20回もなぞったんかい!

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 文字なぞりで気をつけないといけないのは、トレペの下の文字とペンとの位置関係にあまりにも気をとらわれすぎて、つまり細部にばかり目がいってしまって、そのなぞっている箇所が文字のどの部分なのかきちんと把握できないままなぞってしまうことです。「木を見て森を見ず」とでもいいましょうか。「気にして文字を見ず」とでもいいましょうか。あんまりうまくないですけれども。
 だけど手元のなぞりとは別に、目の前にお手本が置いてあったらどうでしょう。それで全体を把握できますから、自分がどこをなぞっているかちゃんと分かります。とはいうものの、ただぼんやり見本を眺めてなぞっても、うまくいくとは限らないようです。
 「1~8回目までは単純に見本を見ながら、ひとつ手前になぞったものをなぞっていたのですが、8回目あたりから「日」がかなり傾いていたり、何箇所か見本と違ってきていることに気付きました。そこでいったんなぞり終ったトレペを元の見本に重ねて、どこがどうずれているかチェックしてメモをしておき、9回目からはそのメモを確認しながらなぞるようにしました。9~11回目は元の字の形に戻そうと自分の中で格闘をしているので、なぞりがいささか不安定な状態です」

伊藤ガビンの

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 途中から、自己添削をして修正し、なぞりの精度を高めていくようすが伺えますね。もはやここまでくると、なぞりの形をかりた臨書といってもいいんじゃないかと思いますね。1~8回目は腕ならし。「 上からなぞる字は決して下の字よりも太くできないの法則」があてはまりますね。ちょっと細くなってきている気が。9~11回目で見本をちゃんと見て文字の形を直していこうという動きが見られて、15回くらいで文字の太さがオリジナルくらいに戻ってきた。あとは自分の手に定着してきたなぞり方を味わうように、なぞっているような、そんな気がします。15回目あたりからの、特にひらがなにおける筆の動きの脈絡のなぞり方なんて、あたかも自分で書いたかのような筆致にみえますよ。

日記まんじゅう

↑なぞり図版はクリックすると拡大表示します

 これ、意識をもってふつうにこれだけの数こなしたら、特訓といってもいいレベル。ここまできたらもはやなぞらなくても、この字が書けちゃうんじゃないかなぁという気もします。つまり、「描く」んじゃなくて「書く」ことが可能かも、と。ま、実際に僕も筆を使って活字を臨書したことあって、「書く」のはまた別のテクニックが必要なんでそう簡単にはいかなかったりもしますけども、でもこの字がどういう構造になってどのへんで繋がって、とかはかなり理解できるんじゃないかなぁと思うんですね。自分のなぞった文字の上にトレペをかけることで、自分のなぞったその文字をあらためて見直すこともできるわけだし。
 なので、「書く」ためにも「描く」ためにも役立ちそうな気がします。ひとつひとつの文字と、自分の字と、普段こんなにしっかり観ないものね。
 というわけで最後に、20回なぞったやつのGIFアニメーションでなぞった文字の微細な差をエンドレスに楽しみながら、今回はおわりにしたいと思います。

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なぞり:佐久間茜 / 文 : 塚田哲也

        
塚田哲也
塚田哲也
大日本タイポ組合ではデザインを通した新しい文字の使い方を探り、新世界タイポ研究会では実際ありえたかもしれない文字の形を探り、グッドデザイソ振興会ではデザイン関連ダジャレを探る。グラフィックデザイナー。電車で好きな部位は座席シートの柄。
佐久間茜
佐久間茜
文字なぞり部部長。文字なぞり歴6年くらい。さまざまな文字をなぞりまくる。デザイナー。箱で気になる部位は一括表示。http://mojinazoribu.tumblr.com/