第4回:なぞりものは何ですか

 どうも、御無沙汰しております。お元気でしたか? さて、前回は文字をなぞる道具、ペンについて書きました。じゃあそれを使って一体何をなぞるんだよっていう話を今回は探っていきたいと思います。道具の話のつぎはいよいよ実践に突入ってわけですね。

 前回、文字なぞり部長の「まろ」こと佐久間さんが使っている丸ペンは、細いながらも力の入れ具合で曲線や抑揚が付けられるので愛用している、って話でした。ということはつまりそういう曲線や抑揚のついた文字をなぞるのにうってつけ、ってことは間違いない。じゃあその曲線や抑揚のついた文字っていうのは何なんだって話です。
 部長曰く「ひらがなが一番好きです。曲線多くて、色んなラインがあるので。欧文だとスクリプト体とかカリグラフィとかでしょうか」とのこと。たしかに曲線も抑揚も含まれてるわけですが、漢字じゃなくてひらがなってあたり、やっぱり手を実際に動かした筆跡をたどってみたくなる文字、ってことなんですかね。「直線が多いとなぞっている最中に元気がなくなってきます」ってことみたいですし……。では元気を出してもらうためにも、さっそく曲線多めの文字をなぞってもらいましょう!

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 はい、一発目は『U&lc』Vol.1に掲載されてるTom Carnaseの記事からスペンサリアン体とよばれる欧文の筆記体からふたつほど、「Joy」と「Peace」いただきました。
 いいですねぇいいですねぇ。この曲線。たんじゅんに曲線をなぞるだけじゃなしに、同心円上にある隣の曲線との関係、付かず離れずの間隔を意識しつつなぞってる感じ。わかりますかね。いまご覧になってる方も実際にペンを持って手を動かさなくても、どうなぞられていったかを思いながら目で追っていくだけでも相当、文字なぞり感は味わえます。
 元気が出てきたところで、つづいてこちらも曲線多めのひらがな、行ってみましょうか。

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 こちらは烏丸光廣の筆による『虫歌合巻』という、蛍とか螳螂(カマキリ)とか蟋蟀(コオロギ)とかの虫を主題にした和歌を書き綴ったものの中から、蜘蛛についての歌をなぞったものです。

君くへき宵を
人にはつくれとも
我かあふせには
うらなひもなし

 と変体仮名もまじえて書かれています。筆の浮き沈みも激しいし形も大胆。なかなか個性のある筆づかいで、じゃじゃ馬と言ってもいい。だけど緩急が激しいからなぞるポイントがはっきりしているとも言えますね。どこで力が入ったか、そしてどこで抜けたか、筆はどの方向に進んでいったか、そういった動きを読み解きながらなぞっていくには、わりとうってつけの文字かもしれない。
 部長はそんな『 虫歌合巻』の、どうやら最後の“なし”の部分、特に“し”の大胆な書きっぷりに惹かれて、なぞることになったようです。「その形に、なんじゃこりゃ〜すてきじゃ〜( ͒✧ㅈ✧ ͒)と、ぐっときてなぞりたくなりました」と、思わず本人のコメントママで表記しましたが、こんな個性的なひらがなをなぞるのだったら、他にも世界じゅうの面白そうな手書き文字はなんでもアリなのでは? と思ったわけです。ところがどうやら読めない上に書き順もよくわからない文字は(ハングル文字とかシンハラ文字とか)、すこしばかり興味はあるものの実際なぞってもピンとこない、とのことです。メールやtwitterでは ( ͒✧ㅈ✧ ͒) ←こんな感じでUnicode顔文字系を駆使しながらも、実際になぞるとなると手書きの書き順とかを意識できるものについつい惹かれてしまうあたりが非常に面白いなぁと思いますね。

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 こちら “ 遊糸書”と呼ばれる中国の南宋の呉説(ご えつ)って人の書でして、一文字のある中の一画から次の一画までの筆のみちすじ、そして次の字への動きすらも書き連ねて、結局一行を一筆でくねくねするするさらさら〜っとつなげて書いたものなんですね。その『王安石・蘇軾三詩巻』からの一節。

草際芙蕖零
落 水邊楊柳
欹斜 日暮

と書かれてます。「“遊糸書”は何回もなぞっています。細い一本の線で書かれているのが好みでもあり、なぞりの特訓にもなりますし」。
 いいですねぇいいですねぇ。たとえばいちばん右の行の一字め。これ「草」って字ですね。最初にくさかんむりの左のタテ画を書いて、右書いて。で横棒書くのに筆をグーッと移動させる、その経緯もここでは書かれちゃってます。草書っちゃあ草書なんだけども、線が細すぎて、一画一画とそれを繋いでる筆脈の区別がなかなかつきにくい。だけども元の漢字を思いながらなぞっていくだけでも、力の入り具合は変わってくるはずです。そのへんをペン先で微妙に拾っていきながらなぞっていってます。みなさんも目で追いながら、力の入り具合を探ってみてください。
 ところでこの“遊糸書”、その名のとおり糸が遊んでいるように見えるからっていうのもあるんですが、そもそも“遊糸”っていうのは、空を舞う蜘蛛の糸のことを言ったりもするんだそうです。で、ふとひとつ前のなぞりネタを思い返すと、蜘蛛のことを歌った和歌をなぞっているわけです。ほんっと偶然ではあるんだけれども蜘蛛にまつわる書き文字がいっぺんに二つも選ばれたっていうのは、なんだかおかしクモあるなぁと思いました。

 さて、ここまで欧文、日本のひらがな、 中国の漢字、 と、なぞりたい文字を思う存分なぞってもらいました。こうしてみるとやっぱり手書きの感触をあじわうためになぞりたくなる、そんな文字が選ばれている気がするんですけど、それってひょっとして、普段の書き文字との距離をあじわうってことなんじゃないかと思ったんですね、ふと。ここでいう距離っていうのは、自分の普段の書き文字とどれだけ違うかの差とか違いって捉えてもらってもいいんですけど。「私がいつも書いてる“あ”の字は、ここではこんな風に書かれてるんだー」っていうのをあじわいながらなぞる、と。自分が書いてる字からちょっと離れて、別の文字をモノマネっていうかなりきるっていうか演じるっていうか。だからいきなり書き方の分からない文字をなぞろうと思わないのは、その普段の字の書き方を基本に置きつつなぞりたいっていうのがあるからじゃないかと思うんですね。そうじゃないと模様とか絵とか線とかをただなぞってるっていう意識になりかねない。
 で、自分の普段書いている距離の範囲っていうことでいうと、もうひとつあって、それは「なぞられる文字の大きさ」っていうのも関係してくるんじゃないかと思うんです。自分の普段の字とか手の動きの範囲に近いほうがよりしっくり来て、なぞりやすいんじゃないかと。そんな仮説を立てて「なぞりたくなる文字の大きさ」を探ってみることにしました。

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はい。ずらりと10pt(ポイント)から160ptまで、遊明朝体の「あ」という字がなぞられました。クリックすると原寸で表示されます。どうやらこのくらいの範囲が、なぞるのにちょうど良さそうなサイズっぽいです。いちばん小さい10ptの字は3.5mm角くらい。大きい160ptは56mm角ちょっとです。ためしにペンを持って手首より先を使ってフリーハンドで線を引いてもらったら、その長さがだいたい50mm〜55mm。丸ペンだと柄の長さのせいもあってか35mmくらいでした。なのでこのくらいの可動範囲内でペンを動かせるくらいの文字の大きさがいいのかなぁと。
 「今までなぞった文字の中で一番大きなものは250ptくらいが最大なのですが、“文字”をなぞっているという感覚というよりも直線、曲線をなぞってるという感覚でした」。ひとつの文字がデカけりゃデカいほど、その文字の全体のどこをなぞっているのか把握しにくくなってくるのも事実です。先になぞってもらった『虫歌合巻』とか“遊糸書”は、ひとつの文字の中でも一画ごとの位置関係とか、あるいは前後の文字との位置関係を見つつなぞっていくことができるわけで。「それと、大きければ大きいほど塗りつぶし時間が長くなるので、文字なぞりというより文字塗りつぶしをしている気分になります」とのこと。筆記用具でも変わってくるんでしょうけど、丸ペンの場合はたしかに塗りつぶすための道具ではないから、エッジとか骨格とかをちゃんとなぞれる大きさや太さが好まれるのでしょう。 ここでも文字をなぞるっていう意識はちゃんと保たれてる。
 手の動く範囲は先に挙げた10pt〜160ptくらいということですけど、なぞりやすい文字の大きさはというと、さらに範囲は狭まって70pt〜85pt(約25〜30mm)くらいということらしいです。なんだか細かい数字ばっかり羅列しちゃいましたが簡単にまとめると、やっぱり普段の書き文字に近いサイズがいちばんなぞりやすいみたい、ってことです。

 いつも馴れた手の動き、そしてそこからなぞる文字との手の動きの違いを楽しむ、その距離感が、文字なぞりの醍醐味なんじゃないかなぁと思います。 「よっしゃあ、文字なぞるぞ!」と意気込むような、そんな大げさな遠出じゃなくて、もっと近所を散歩くらいの距離感で。 だってペン一本とトレペで出かけるわけですから。もっとも今回に限らず部長のなぞってる文字は近所感ないくらいの難しいモノだと感じる方もおられると思います。でもだいじょうぶ。千里の道も1ポから。行動範囲は徐々に拡げていけばいいんです。文字の大きさも、なぞる文字も。みなさんもさっそく普段の文字に近いところから、散歩気分でなぞってみてはいかがでしょうか。あ、3pt(さんポ)じゃないですよ、まずは80ptくらいの大きさからどうぞ。

なぞり:佐久間茜 / 文 : 塚田哲也

        
塚田哲也
塚田哲也
大日本タイポ組合ではデザインを通した新しい文字の使い方を探り、新世界タイポ研究会では実際ありえたかもしれない文字の形を探り、グッドデザイソ振興会ではデザイン関連ダジャレを探る。グラフィックデザイナー。電車で好きな部位は座席シートの柄。
佐久間茜
佐久間茜
文字なぞり部部長。文字なぞり歴6年くらい。さまざまな文字をなぞりまくる。デザイナー。箱で気になる部位は一括表示。http://mojinazoribu.tumblr.com/