#10 プロペラが突き刺さってもだいじょうぶですよ

サワディーカップ、いしいです。

10月に入ると突然、いつもある飲食店の屋台に「」という漢字の書かれた黄色い旗が掲げられていたり、店員も黄色いエプロンを着用しているのをよく見かけるようになりました。そういった店は、メニューもなんだかいつもと違ったものを売っているようです。

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友人にそのことを尋ねてみると、仏教の菜食週間で、菜食メニューを販売しているというしるしに黄色い旗やエプロンを使用しているとのこと。「」は中国語で精進料理を意味する漢字。タイではこれを「ジェー」と読み、食べるという意味のタイ語「キン」と合わせて菜食週間のことを「キンジェー」と呼ぶそうです。
さらにインターネットで検索をかけると、プーケットではこの菜食週間に合わせてお祭りが開催されるという情報がでてきました。なんでもお祭りのメインイベントは、刃物などをほっぺたに貫通させながら裸足で練り歩くパレードということで、これは実際に見に行かねばと日帰りでプーケットに行ってきました。

タイ国政府観光庁のwebサイトによると、2013年の「プーケット・ベジタリアン・フェスティバル」は10月5日から10月13日まで開催しているとのこと。
お祭りの存在を知った10月4日の晩に航空券をネットで予約し、その週末、10月6日にプーケットへと飛び立ちました。

当日は午前4時に起床し、身支度を済ませ、夜明け前のバンコクをタクシーで走り抜けてドンムアン空港へ。およそ1時間半のフライトの後、8時半頃到着したプーケットはあいにくの雨模様でした。
祭りがあるということ以外はあまり調べないで来てしまったので、まずiPhoneで検索をかけて、どのあたりに移動するか目星をつけます。
市街地近くに催しが開かれる寺院があるということが分かり、タクシー乗り場のカウンターで行き先を告げると「運賃は600バーツ(およそ1800円)だ」と言われました。バンコクならば50km -新宿から木更津くらいの距離を移動したとしても400バーツ(およそ1200円)程度のはずなので、いくらなんでも高すぎます。値段交渉をしようとすると、運賃表を出して「運賃は決まってるし、ほかのタクシー会社でも一緒だよ」と言ってきます。タクシーカウンターの女性は、タクシーの他に交通手段はないと言うものの、利用客は外国人ばかり。きっと地元の人が利用する、もっと安い交通手段があるはずだと空港を歩き回ってみると、はじっこの分かりにくいところにバス乗り場がありました。
これを利用して60バーツで市街のバスターミナルまで移動。およそ50分ほどの道のりでした。

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そこからは、バイクタクシーで祭りが行われている寺院まで向かいます。この日は「ナーカー寺院」というところで行われているとのことだったので、うろ覚えのタイ語知識から「寺=ワット」という単語を引き出して「ワット・ナーカー」と行き先を告げました。雨が降っていたので、運転手が貸してくれた雨合羽を羽織ってバイクにまたがりおよそ5分、「ワット・ナーカー」という寺院に到着しました。けれど、人は全然いないしお祭りなんかやっている雰囲気ではありません。
「ここってワット・ナーカーで間違いないよね?」不安になりバイクタクシー運転手に尋ねるけれど、間違っていないみたい。「キンジェーの祭りが見たいんだけど、どこでやってるの?」と聞くと「それならここじゃないよ。ワット・ナーカーじゃなくて、サンチャオ・ナーカー。チャイニーズの寺は、“ワット”じゃなくて“サンチャオ”って言うんだよ。」そうなのか、勉強になりました。
改めて「サンチャオ・ナーカー」までバイクを走らせてもらい、目的の寺院に到着しました。

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菜食週間・キンジェーは中国由来のお祭りなので、タイ仏教のお寺ではなく、中華系のお寺で開催されているようです。
キンジェーに参加している人々は、肉や魚、味の濃い料理を食べてはいけないだけでなく、身体を清潔に保ち、白い衣服を着用するのが慣わしとなっています。このときも、寺院のまわりには僕を除いたほとんどの人が上下真っ白な服を着ていました。
到着したのは10時半くらい。金属製の何段にも重なったお弁当箱を持参し、お寺でご飯を受け取っている人がたくさんいます。とりあえず、寺の前に並ぶ菜食料理の屋台で朝食をとることにしました。

IMG_6381 食べたのは、汁入りの麺料理。具材は揚げたワンタンの皮、厚揚げ、キクラゲ、椎茸、それとたぶんキノコでできた疑似肉です。汁も椎茸のダシのようで、全体的にキノコ味ですがおいしかったです。麺は小麦が原料のホッケンミーというもの。程よく汁を吸う、ちゃんぽんに似た中太麺です。

食事を終え、近場をうろうろしながら目当てのパレードを待つも、なかなかそれらしきものは見られません。もしかして、僕が到着する前に終えてしまったのではないかと不安になりながら待つこと1時間半。だんだんと人通りが増えてきました。
そしてようやく、奇想天外なパレードがお目見えです。

※画像をクリックすると無修正のパレード画像がいくつか見られます。
けっこう過激なので、興味がある方だけどうぞ。

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鉄串や、相撲の行司が持っている軍配のようなもの拳銃植物など、大小さまざまな物をほっぺたや耳に突き刺して歩いています。中でも見ていて強烈だったのが、ボートのエンジンに付いているような、プロペラをほっぺたに突き刺して歩いている人でした。重さでほっぺたがちぎれるのではないかと、ハラハラさせられます。もしものときは、「ほっぺたが落ちるほど美味しかったよ」なんて言えばひと笑い取れそうなので、そういう意味でもおいしいですね。

参加者は、苦行に耐えて徳を積むために身体にものを突き刺しているとのこと。パレードの間は神が降りて崇高な存在になっているらしく、目の前を通り過ぎるあいだ合掌して拝んでいるおばあさんもいました。
寺院の境内に設けられた仮設テントが、パレードのゴールとなっています。そこに到着した人から順に、身体に突き刺さったものを医療スタッフが丁寧に抜いて消毒していっていました。野蛮さすらも感じさせるお祭りだけど、救急車も待機しているし、医療体制は案外整っているようです。これなら安心していろんなものを身体中に突き刺せますね。抜いたエモノは、突き刺していた本人ではない人がそれぞれ持ち帰っていたようなのですが、記念品みたいなものなのでしょうか。
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ものを身体に突き刺しながら歩いている人は皆、視線がどこか定まっていない様子です。なかにはうつむき加減でブツブツと呟きながら歩いている人、行進を終えて頬に刺さっていた槍を抜き、消毒処置の最中にも関わらず「キエー!」と甲高い奇声をあげ、両腕を振り回しながらどこかに走り去るような人も。このような挙動がいわゆる「神が降臨した」状態によるものなのか、それとも覚醒作用のあるなにかを摂取したからなのかは、神のみぞ知るのでしょう。人体って不思議ですね。

パレードの最初の人が寺院に到着した時刻から、最後尾の人が到着する時刻までは40分程度。およそ30人くらいの人が身体に何かを突き刺していました。僕が見たものはお祭り全体の中でも小さいイベントのようで、大規模なものだとこれが2時間くらい続くようです。さらにフィナーレには、刃物でできたハシゴを裸足で上り下りする儀式もあるのだとか。

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パレードを見た後は、帰りの飛行機まで時間があったので、旧市街を散策しました。
プーケットは16世紀から18世紀ごろにかけて、中国とポルトガルからの貿易商人によって栄えた土地だそうで、当時その両方から影響を受けて建てられた「シノ=ポルトガル」という独自の様式の建築が旧市街には多く残されています。建物自体はむかしのままに、塗り直されたパステルカラーの外壁が並ぶかわいらしい街並は、まるでテーマパークの中のようです。

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寺院のまわりに限らず街中でも、道行く人はみな白い服を着用しています。
全員が熱心な仏教信者なのか、それとも日本人が祭りでハッピを着用するようなノリなのかはわかりませんが、似たような格好をしている人がたくさんいるというだけで、非日常感が増して気分も盛り上がります。この日は銀行員もみな真っ白い服で接客をしていました。
もしも白い服を着て来るのを忘れてしまっていても、だいじょうぶ。白い服のみを売る屋台もいたるところに出店されているので、現地調達も容易です。



たくさんの野菜や果物で飾り付けがされた自動車がディズニーランドのエレクトロニカルパレードならぬ、ベジタブルパレードといった感じで走り回っているのも見かけました。ちびっこは所構わず爆竹を鳴らしているし、屋台でベジタリアンフードを買い食いできるしで、身体になんかぶっ刺さっているパレード以外でも街中を歩いているだけでお祭りを楽しむことができます。

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午後9時頃、プーケットでの一日を堪能して、いざバンコクへ帰る為に空港へと向かおうとするのですが、行きに乗ってきた空港と市街を行き来するバスは既に運行を終了していました。自動車の交通量は多いのに、なぜかタクシーは一台も走っていません。
どうにかホテルを見つけ、カウンターでタクシーを呼んでもらった15分後、やってきたのは屋根に提灯もなければメーターもない、およそタクシーと呼べる特徴を一切持ち合わせていない、真っ黒い自動車でした。
運賃はタクシー運転手にではなく、ホテルに前払いで支払う仕組みでした。600バーツ。朝、空港で言われた値段と一緒です。
運転手は、髪型をワックスで無造作に固め、細身のパンツに、日本のホストが履いているような先のとがった革靴を履いている、イケメン男性。どこからどう見てもタクシー運転手ぽくありません。
そして乗車してみると、なぜか助手席には髪の長い女性が座っています。このことに対して抗議する語学力もなければ、お金を返してもらって他のタクシーを呼んでもらうのも面倒。空港に行ければそれで十分なので、女性のことは気にしないことにして、後部座席で風景を眺めていました。
40分ほどで空港に到着。降車したのは僕だけで、助手席の女性は引き続き車内に残っていました。移動中のBGMは洋楽バラードばかりだったし、それに合わせて「I love you…」とか運転手も口ずさんだりしてたので、あるいはデート中だったのかもしれません。好きな女とドライブしながらお金を稼げる、イケメン運転手がちょっとうらやましいです。

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空港に着いたし、あとは飛行機に乗って何事もなくバンコクに帰るだけ。そう思っていたのですが、手荷物をくまなく探してみてもパスポートが見つかりません
記憶を辿ってみると、行きの搭乗時にパスポートを見せてズボンのポケットに入れてから一度も見ていませんでした。きっとどこかでポケットからこぼれ落ちてしまったのですね。
面倒なことになったなと思いながら、航空会社のカウンターで事情を説明。以前旅行をするときに航空券の予約をしてもらう為に知人に送った、パスポートの旅券番号、顔写真ページの画像をメールで送ってもらうなど、できる限りのことをしました。空港に遺失物として届いたいないかも確認してもらいましたが、見つかりませんでした。
結局「国内線やし、チケットはあるからええよ」という感じで、飛行機には乗せてもらい、無事に帰宅することができました。

後日、パスポートを再発行することになるのですが、そのことについては次回書きます。


今回のおすすめTEE

DAIKON
DAIKON / iroha-ni 国重直子

菜食は身体に良いという考えから、カジュアルにキンジェーに参加する人も多いのだとか。

画・文 : いしいこうた

        
いしいこうた
いしいこうた
1988年生まれ。編集者。Webマガジンの編集などを経て2013年3月より意味もなくバンコクへ引っ越す。編著書に『GIF BOOK』(BNN新社)など。このサイトの管理も担当。