第21回 手がかりに頼る

【A】

truck

 この前の休日、いくつか展示を見た帰りにせっかくだからついでに買い物も済ませようと、渋谷を歩いていた時のことだ。

 信号待ちをしていると、目の前に一台のトラックが止まっていた。見ただけで、缶やペットボトルなど自動販売機用の商品を運んでいる冷蔵車であると分かったのだが、少し様子がおかしい。

 改めてよく見てみるとトラックのコンテナの上に、自動販売機に商品を補充する際に同時に回収したのであろう空き缶やペットボトルのゴミが、袋に入った状態で積まれていた。

 これだけなら別に不思議でも何でも無いのだが、私の目には、そのトラックのコンテナ内には空き缶やペットボトルのゴミが詰まっていて、コンテナの上蓋が開いており、そこからゴミ袋が溢れているように見えたのだ。

 何故、このように見えてしまったのだろうか。

 このトラックのコンテナの縁をよく見ると、上に載せたゴミ袋が走行中に落下しないよう、少しだけ柵のように立ち上がっている部分がある。

 そのため上に積まれたゴミ袋の底が私からは見えず、「ゴミ袋は上に乗っているだけ」とは解釈せずに、頭の中で勝手に「コンテナの中にゴミ袋がたっぷり詰まって入っている」と解釈したのだろう。

 もしコンテナの上に柵が無く、ゴミ袋の底も全て見えていれば、瞬時に「上に乗っているだけだ」と理解できたはずである。

 私たちの目と頭はこんな僅かな手がかりから、なんとかつじつまを合わせるように勝手に全体を推測し、補完しているのだ。


【A’】

 仕事場のビルに入っている2基のエレベータは、ビル自体が古いためなのかとても動きが遅い。加えて2基の連動の効率も悪いため、結果として待ち時間が長くなり、それがみんなの日々のストレスの温床に少なからずなっているのでは無いかと疑っている。

 この日も仕事場のある7Fまで上がろうと1Fでエレベータを待っていた。最近の高層ビル等は別として、そこまで高くないビルのエレベータのドアの上には、(このビルは8F建てなので)1〜8までの数字の形をしたライトが並んでおり、今エレベータがいる階の数字が点灯するようになっている。

 待っている人たちはこのライトを見ながら、「今エレベータはまだ6Fか」「4Fでずっと止まっているけど何なんだ」等と実際にエレベータの姿を見ずとも、ライトを手がかりに位置を確認しているわけだが、私がエレベータを待っていると突然、これは故障なのか老朽化なのか原因はよく分からないのだが、ライトが消えてしまった。

 普通に考えれば、これはライトが消えただけで、現在もエレベータは1Fに向かって降りてきているはずなのだが、その瞬間の私は、今エレベータが何階にいるのか分からない、もっと言うとエレベータの存在自体このビルから消えてしまい、どこか別のところへと行ってしまったかのような喪失感を抱いてしまった。

 私にとってエレベータのドアの上に点いていたライトは、ただエレベータが今いる階を示しているだけではなく、エレベータの存在そのものを感じ、証明するためのものになっていたのだ。

 しばらくすると「1」というライトがついた後、ドアが開きエレベータが到着した。ライトがついた瞬間、「エレベータがビルにちゃんと戻ってきた!よかった!」と私は一人で勝手にエレベータの帰還に安堵し、エレベータに乗り込んだ。

 さて、エレベータの中にも同じように「今どの階にいるのか」を示すライトがある。もし自分が乗っている間にそのライトが消えたらどんな気持ちになってしまうのか、少しわくわくしながら乗っていたのだが、ライトは消えることも無くもちろんエレベータも異次元に行くことは無く無事7Fに到着し、私は仕事場へ向かった。


【B】

 何年か前の話になるのだが、普段は全くスルーしてしまっている駅のポスターに目が留まったことがある。それは、ある殺人事件の犯人逮捕に繋がる情報提供を求める、懸賞金付きのポスターだった。

 何も、私がその事件と何か関わりがあったから目に留まったというわけではない。ただ、たまたま目にした時に、ポスターに書かれていた文章がとても気になったのだ。

 そこには、「見覚えはありませんか?」という見出しの下に、「事件発覚の前日、12月7日から8日にかけて 12月としては記録的な大雪が降りました」という文章が添えられていた。

 そもそも、何かを「思い出す」というのは難しい。それも自分と無関係の、しかも1年近くも前の事を思い出すとなれば尚更だ。

 しかし「記録的な大雪が降りました」と書くことで、「ああその日は一日家にいて、ニュース映像を見ていたな」とか、「恋人と映画を観に行く予定だったのだけど、電車が止まって大変だったな」といった、それぞれの「大雪の日にあった出来事」の記憶を呼び覚ますことができる。

 一見それは無駄なことかもしれないが、その記憶が引き金となって芋づる式に、ひょっとしたら事件を解決するヒントとなるような事を思い出せるかもしれない。

 最初から「12月7日の夜、何をしていたか思い出してください」とだけ言われても、例えばその日が誕生日だったとかそういったことが無ければ、思い出すことはかなり難しいだろう。

 でも私たちは「大雪」のような印象的な出来事をキーワードとして与えられれば、それに関連したエピソードを頭から引きずり出すことができる。

 残念ながら私はその日は終日自宅にいたので、役に立ちそうな情報は思い出せなかったのだが、このポスターでの呼びかけは、記憶の呼び起こし方としてとても良い方法ではないかと思っている。


【B’】

 たまに行く近所の中華料理屋で昼食にかた焼きそばを食べ、この後予定があったのですぐに会計をしたところ、最後にお釣りを渡される時に店員が「少々お待ちください」と言ってお釣りを渡してきた。

 「少々お待ちください??何か他に渡すものとかあるのかな」等と思いながら待っていたのだが、一向に何も起こらない。それどころか会計をした店員自身も、レジの前に立ったままの私を見ながら、不思議そうにレジを離れて別の客の注文を取りにいってしまう始末だ。

 瞬間的に周囲の状況や、食事中に聞こえていた他の客に対する対応、過去この店で食事をした時のことを思い出しながら考えた結果、どうやら先ほどの店員は「ありがとうございました。またお越しください」という言葉と間違えて「少々お待ちください」と言っていたようだ。

 このまま待っていてもしょうがないと判断して店を出たのだが、その時、先ほどの店員が「ありがとうございました〜」と言う声が背中越しに聞こえた。

 その瞬間、待たずに店を出るという私の判断が間違っていなかったことが証明されたわけだが、何故このようなことが起きたのか、駅への道を急ぎながら考えていた。

 先ほどの店でのことを思い出してみると、私がお釣りを渡されながらかけられた「少々お待ちください」という言葉は、例えば注文をしようと店員に声をかけた時など、他の場面でも何回か聞いている言葉だ。

 だから「少々お待ちください」という言葉の使用頻度が「ありがとうございました。またお越しください」という言葉に比べて圧倒的に高く、直前まで「少々お待ちください」と言い続けていたため、先ほどの店員は記憶から言葉を読み出す際にエラーが起き、会計後に間違えてしまったのではないだろうか。

 ここで面白いのは、店員の反応を見る限り言葉を発した当の本人は、自分が間違った言葉を発したことに気が付いていないということだ。

 おそらく「口から言葉を発する=記憶から言葉を読み出す」ということと、「どんな言葉を発したか=どんな記憶を読み出したか」ということは全く別の意識なのだろう。だから、店員には「なんであの人は会計を終えたのにも関わらず、まだあそこにぼーっと立ってるんだろう」と奇妙に映り、会計を終えてもその場で待っている私を見ながら、不思議そうにレジを離れて行ったのだ。

 きっと私たちも、普段知らず知らずのうちに様々なエラーを起こしてしまっているはずだ。しかし、決してそれに自分自身が気づくことは無い。


【AA’=BB’】

 今回は、AA’では何か物事を知覚・認識する際のきっかけについて、BB’では記憶を思い出す際のきっかけについて書いた。

 今回の事例から改めて考えてみると私たちが行っているあらゆる行動には、どんな小さなものでも必ずきっかけがある。私たちは、きっかけという形でインプットを行い、解釈をし、行動(アウトプット)を起こしている。

 従って、そういった行動のきっかけ1つ1つを丁寧に探して分析することで、私たちが無意識に行っている様々な行動の原因や傾向を探ることができる。

 そうすれば、私たちは原因や傾向から逆算して、人に特定の行動を起こさせるための新しい「きっかけ」を作り出すことができる。その「きっかけ」は、この社会にある様々な問題を解決するための具体的な方法に繋がっていく。なぜなら私たちの日々の生活と社会で起こっている問題は、常に地続きで存在しているのだから。

画・文 : 菅俊一

        
菅俊一
菅俊一(すげ・しゅんいち)
会社員/研究者/映像作家
1980年東京都生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科修了。在学中より人間の知覚能力に基づいた新しい表現の在り方を研究し、映像やグラフィックをはじめとした様々な分野に定着させる活動を行なっている。主な仕事に、NHK Eテレ「2355/0655」ID映像の企画制作、著書に「差分」(共著・美術出版社)など。2012年、D&AD Yellow Pencil受賞。http://syunichisuge.com/