古来から「メメント・モリ(死を思え)」と言うように、人は生まれた瞬間から死に向かって生き続けます。生きるために死ぬのか、死ぬために生きるのか? 気になるあの人に死生観を聞いてきました。   ( 第1回から読む )

「何歳まで生きますか?」真鍋昌平さんに聞く

 底辺に生きる人々のリアリティあふれる描写に毎回クラクラさせられる『闇金ウシジマくん』。作者・真鍋昌平の描く「すぐそこにあるダークサイド」は、気力・体力がある状態で読まないと、あっという間に取り込まれてしまうほど引きが強い。その作品の背景には、彼のどのような死生観が反映されているのか。仕事場まで足を運び、話を聞いた。

真鍋昌平さん

『スマグラー』は父親の病室で描いた

真鍋 死生観、考えてみたんですけど……日常ではあんまり意識することないんですよね。

──たしかに、重い病気や事故を経験したりしないとリアルに考える機会はないですよね。

真鍋 最初に死を意識したのは、小学校のときかもしれないですね。まだオナニーとか、そういう(性的な)ことを知る前なんですけど……当時、団地の4階に住んでいたんですね。自分ちのベランダの手すりに布団が干してあるんですけど、それにまたがって、「落っこちたら死ぬな」っていう。で、次に思ったのが「気持ちいいな」っていう(笑)。

──ええと、「気持ちいい」っていうのはつまり……。

真鍋 股間が。ゾクゾクして気持ちよかったんですよ(笑)。「落ちたら死んじゃう」ってわかってるのに、すごいゾクゾクして勃起してるっていう。それが目覚めかもしれないですね(笑)。

──「死の意識の目覚め」と「性の目覚め」が一緒! しかも互いに密接に関わりあっているという。頭じゃなくて身体で直感した「死」って感じですね。

真鍋 まだ死について考えない時期じゃないですか。近所の沼でザリガニを捕まえて意味なく殺す、みたいなことってありますよね? その尻尾をもぎって、次のザリガニを釣る。またその尻尾をもぎって次を釣る、みたいなことを繰り返していくとか。子どもの頃は、そんな風にあんまり考えてない時期がずっと続いているっていう感じでしたね。

──じゃあ、はっきり自覚できる形で死を意識したのは?

真鍋 本当に自覚したのは、やっぱり父親が亡くなったときですね。俺が漫画家になれるかどうか全然わからない時期に、父親がガンになって入院して。病室は四人部屋だったんですけど、昨日まで目の前で生きてた(同じ病室の)人が三日後に亡くなってる、っていう感じなんですよ。そのときって、仕事はアルバイトくらいしかやってなかったから、母親と交代で看病してたんですよね。で、看病しながら父親の似顔絵なんかを描いていたら、その病室で看護されてる肉親の方が「うちの旦那も描いてくれ」って頼んできて、描いたりしてたんですよ。そしたらその人が三日後に亡くなってしまう、みたいな状況が続くわけです。そういうの見てると、やっぱりいろいろ考えるんですよね。

──否が応でも。

真鍋 で、ちょうどそのとき、「いいネームが描けたら連載ができる」っていう状況になったんですよ。こないだ映画化した『スマグラー』は、そこで描いたんですよ。父親自身は、しゃべることもできなかったんですよね。脳腫瘍で、もう自分が何者かもわからない。意識がなく、ただ呼吸しているだけの状態で。そのときに「なかなか人って死なねえんだな」ってすごい思ったんですよね。

──死に向かっているんだけど、ギリギリで抗っているところに生を感じた、みたいな?

真鍋 最後は呼吸だけの状態で、ずーっと生きてるんですよ。いま、自殺する人ってたくさんいるじゃないですか? なのに目の前にいる父親は、呼吸だけでも生きようとしている。それを見て、泣けてきた瞬間があったんですよ。「生き物の強さ」って言うんですか。深夜、病室に父親と二人きりで、呼吸だけが聞こえてくる、っていう状況の中で、妙な感動みたいなのを覚えたんですよね。なんかそのとき「死者と対話してる」みたいな感じがあって、それが『スマグラー』のシーンに反映されてるんですよ。

──どのへんのシーン?

真鍋 「背骨」っていうキャラクターが、主人公の「砧」とトラックの荷台で会話するシーン。表現力が足りなくて、うまく描けてない部分もあると思うんですけど、あれはそのときに感じたものを描いたんですよね。


殺される覚悟はしている
寿命で死ぬとは思ってない
俺が今日までしてきた事への償い
だが俺は死が怖い……
死んだらどうなる?
無に帰す どういう事だ?
他人の死は係わった日常の一部を失うだけだ
自分の死は 今映ってる世界に手が届かなくなる
俺の死は完全な消滅……
誰の記憶にも残らない存在
テレビで見たんだ……
二つの細胞がより優位に立つため時間をかけて交じり合い
今の俺達の姿が組織された事
すべての存在には役割があり
一つの細胞にすら意味がある事
俺は老板(ボス)の利己的な命令を果たすために生きた
俺の存在に意味などあったのか?

〜真鍋昌平「スマグラー」(講談社 アフタヌーンKC)第三話より
殺し屋の「背骨」が運送屋の砧に語りかけるシーン


徒歩で神奈川から九州まで

──真鍋さん自身は、身体を壊して死を意識したみたいなことはないんですか?

真鍋 自分自身は大きい病気や怪我をしたことがないから、実際の恐怖っていうのはあんまりないですね。……ただ、若いときに歩いて九州まで行ったことがあるんですよ。神奈川県の茅ヶ崎からスタートして。

──徒歩で!? なんでまた?

真鍋 あんまり自覚はしてなかったんですけど、どっかの部族で、「三日間、食料を持たずに一人で旅をして大人になる」みたいな話がありますよね? たぶんああいうのをイメージしてたんだと思うんですけど。で、「とりあえず歩く」っていうルールだけ決めて、あとは何にも決めないで行ったんですよ。国道1号線をずーっと歩いていって。でも、泊まる場所がないわけですよ。

──テントみたいな装備もなく?

真鍋 一応、着替えとか寝袋とかはあったんですけど。でも、あまり考えずに行ったから泊まる場所に困って。で、小田原に友達がいたから、アポなしで家に行ったんですよ。友達はもう仕事をしていたから、出てくるのはお母さんなんですよね。それが、すっげえイヤな顔してるんです(笑)。

──まあ、そりゃあ……(笑)。

真鍋 当然なんですけどね。「何しに来たんだ!?」っていう(笑)。高校時代は「いつでも遊びに来てね〜」って感じだったんですけど、大人になってその感覚で行ったら、気持ち悪いじゃないですか(笑)。で、お母さんと二人でお茶飲んでると、「いつ帰んのかな……」みたいな空気になるわけですよ。俺は友達が帰るまで待とうと思ってたんですけど、もうこれ以上いられない空気になって、「じゃあ友達来ないんで帰ります」って帰ったんですけど、心がすっごいガサガサして(笑)。で、そのまま箱根の山を越えようとしたんですけど、もう暗い時間になっちゃったんで、廃墟になってるレストランみたいなところに泊まったんですよ。他に泊まる場所もないし、どうせ人も来ないだろうし。で、ガレキだらけの中でベッドみたいな場所があったから、そこに寝袋持ってきて寝るんですけど、やっぱり寝れないんですよね。臭いし、ホコリっぽいし。誰もいないから、もう恐怖感でいっぱいになって「ワーーーッ!」って叫んでみたり。そうしないと「自分がここにいる」っていう気持ちになれなかった感じだったんですね。もしかしたらそれも生死の間に近い感覚だったのかな……と思います。

──そういう体験って、言ってしまえば「若気の至り」なんでしょうけど、今でもどこかギリギリの状況に身を置きたがるような気持ちがあるってことなんでしょうか?

真鍋 ……うーん、あるかもしれないですね。今も取材で怖い人にけっこう会うんですけど、無茶な呼び出しとかやっぱあるんですよ。あの人たちって、感覚がこっちと全然違うから、こっちの理屈が通らないこともけっこう多いんですよ。で、向こうは向こうの理屈でこっちに要求してくる。だから、どう説得しても無理なんですよね。そういう時に、「俺どこまで行っちゃうのかな」って思うことはありますね。

──身をゆだねる感じ?

真鍋 そうですね。そのときに持った感情を、わりと漫画に転写しています。

「サラリーマンくん」編のときは、自分も追い込まれていた

──今までに、すごく追い込まれた状況になって、「もう死んだほうがいい」とリアルに考えたことってありますか? 実際に行動に移すかどうかはともかくとして。

真鍋 いっとき、身辺でいろいろあって、かなり感情をすり減らしてた時期があったんですよ。そのときに描いていたのが、「サラリーマンくん」編なんですけど。

──あれは相当に重い内容でした。

真鍋 その時に、一応精神科医に行って診断を受けたりもしたんですよ。でも抱えてる状況はどんどん悪くなっていて、その中で毎週ちゃんと原稿をあげなきゃいけない。それで、どんどん自分も追い詰められるんですよ。しかも、描いてる内容もこういう主人公の話だから(笑)。そのときはマンションの13階に住んでたんですけど、「もう飛び降りようかな」くらいの気持ちになる瞬間はやっぱりありましたね。だから……入り込まない、って言ったらウソになりますよね。主人公と同じ気持ちになってましたよ。やっぱ。

──実を言うと僕、「サラリーマンくん」編で一回読むのを中断したんですよ。ちょうど精神的に追い詰められていた時期に読んでたから「ヤバい……このまま読んでたら俺は死にたくなるかもしれない」と思って。

真鍋 ははははは!

──健康になってから読むのを再開したんですけど、あのへんの話は「こっちが弱ってたら、話に引きずられてそのまま持っていかれてしまう」みたいなエネルギーがありました。

真鍋 ありがとうございます。自分もそんな感じでした(笑)。

──長生きすることに意味を見出すところはありますか? さっきお話された、「父親が呼吸器だけで生きている」っていう状況も目の当たりにしてるわけですけど。

真鍋 わかんないんですけど、俺はその「呼吸だけでも生きようとしている」っていうのに感動したんですよね。もちろん本人には何の自覚もないんだけど。生きてる強さを感じたんですよ。「生きてるだけですごいな」って思った。……まあ、どうやれば生きていけるかって言ったら、一ヶ月に二つ楽しい予定を作る。それが俺の生きる秘訣(笑)。

──聞いた瞬間は「ささやかだな」と思ったんですけど、すごく具体的でいいですね。一ヶ月に二つって。

真鍋 楽しみって、月に二つで十分なんですよ (笑)。それもそんなに大げさなことじゃなくて、「誰かと飲む約束をする」とか。そのくらいですよ、俺のささやかな楽しみは(笑)。

みんなテレビの情報に支配されている、と思った

──3.11って、真鍋さんにとってはどうでしたか?

真鍋 あのときって、普段のCMがなくなってAC(公共広告機構)のコマーシャルをやってたじゃないですか。で、番組のほうは津波の映像なんかが繰り返し流れてて。そのとき、(ツイッターの)TL上でみんなの空気がおかしかったんですよね。で、普通のテレビ番組とか、普通のCMが流れるようになったときに、みんなの感じがいつも通りになった。だから、「みんなテレビの情報にすごく支配されてるんだな」っていうのは感じましたね。

──ああ……それ、なんとなくわかります。テレビによってものすごく感情が増幅されるというか。ちなみに真鍋さん自身はあまり左右されなかったんですか?

真鍋 テレビ見なかったから。津波があったのって、次の日知ったんですよ。

──えっ!

真鍋 地震が起こったときに、ソッコーで地元の茅ヶ崎に帰ったんですよ。「大丈夫かな」と思って。で、帰ってきてから、東スポで津波のことを知ってびっくりしたんですよ。

──東スポで……。あのときって、みんなテレビをつけっぱなしにして新しく送られてきた映像を食い入るように見てビクビクしてたと思うんですけど、真鍋さんはテレビ見てなかったから、あまり気持ちを乱されずに済んだ、と。

真鍋 そうですね。

──あれで人生観変わったとか、価値観を大きく揺さぶられた人はけっこういるように思ったんですけど、真鍋さんにとっては何か影響はありましたか?

真鍋 うーん……あのときって、いろんな規制をかけあったじゃないですか。「こういうことは言っちゃいけない」とか。ちょうどそのとき、女の子が自殺する話を書いてたんですよね。読む側の心理状態としては、震災があって不安感を煽られてる時期たったから、やっぱりいろいろ考えましたけどね。自分個人では普通にヘコむ部分も多かったんですけど、でもテレビを見て影響されてる感じの人達とはちょっと違いましたね。あのころってみんな、一日中重苦しい映像を見てて、(ACの)「ぽぽぽぽーん」で救われる、みたいな感じだったじゃないですか。自分にはそれはなかったですね。被災地じゃないところにいた人たちは、テレビで影響されてる人がほとんどだったんじゃないですかね。

コミュニケーション能力だけあっても仕方がない

──身近な人でも有名人でもいいんですけど、生き方のモデルになってるような人っていますか?

真鍋 こないだ亡くなった親戚のおじさんで、すごい金持ちのおじさんがいたんですよ。小学生のころハワイに連れてってくれたりしたんですけど。その人って本当に人当たりが良くって、子どもからおじいちゃんまで、その人の尺に合わせてうまく接するんですよね。子どもだったら子どもの目線になるし、高齢者だったら高齢者の目線になるし。ああいうのはすごい憧れましたね。自分ができるかって言われたらできないけど、日常レベルの中に、そうやってうまくやってる人がいるっていうのは良かったですよね。

──快活に生きていくためには、そういうコミュニケーション力みたいなものが必要だと思います?

真鍋 ああ……でも自分の場合は一応、漫画の認知度が上がってるから、向こうが迎え入れてくれるっていう体があるじゃないですか。だから、やっぱ力つけるのが一番いいんじゃないですかね(笑)。

──すごい直接的(笑)!

真鍋 向こうにとって得になるような人間になったら、コミュニケーション能力なんかなくたって向こうから寄ってくる(笑)。それをがんばればいいんじゃないですか? よく飲み屋にいるじゃないですか、やたらコミュニケーション取ってるけど、何やってるかっていったら何もやってないような奴。その場ではみんなのヒーローだけど、普段はつまらないんだろうな……とか(笑)。やっぱりコミュニケーション力だけある人って最終的に信用されないと思うんですよ。若いときは人を集めてイベントのオーガナイザーとかやってみんなにチヤホヤされるけど、結局その人自身に何もなかったら、だんだん集める人もいなくなってくるし、ただの厄介な人になっていくじゃないですか。みんな「コミュニケーション!コミュニケーション!」って言うけど、そんなに意味もなく人と会ってどうすんだよ、って話じゃないですか。絶対、「寂しいから」っていう動機でやってる人のほうが多いと思うんですよ。そういうことやっても何の意味もないんじゃないか、って思いますけどね。

──新卒の採用なんかもそうですけど、今の時代って、コミュニケーション力が異常にフィーチャーされてるなと思います。

真鍋 某居酒屋チェーンの店員って、すごいコミュニケーション能力あるじゃないですか。すごい元気いっぱいで。みんながやろうとしてるのって、あんな感じなんじゃないですか? コミュニケーション能力だけ上げるよりも、その人自身に力があるってほうがいいと俺は思いますけどね。

──いまはそのへん割り切ってる感じですけど、昔は「もっと自分もコミュニケーション能力を上げないと!」みたいな強迫観念にとらわれた時期ってあったんですか?

真鍋 「漫画家になりたいけどデビューできない」って時期がずっと続いてたんですよ。そのときに、強迫観念ではないですけど、「俺このままで一生終わんのかな、」っていう恐怖はすごいありましたよね。そのときって、人材派遣みたいな仕事をしてたんですけど、現場に行ったら自分よりも若い18歳くらいの人が仕切ってて、「おい!それ持ってけよ!」って言われて、「ハイッ!」とか言って、一生懸命やるわけじゃないですか。でも全然できなくて、「おめぇトンカチじゃねえよ、この野郎!」とか言われて、「すんません!」とか言って。泣きそうになりましたよ(笑)。家帰って落ち込みましたね、本当に。朝、電車で待ち合わせ場所に行くと人材派遣の人たちが集まっていて、でも誰も仲間じゃないんですよ。一緒にやる仕事仲間なんだけど、初対面だし。

──わかります。なんかシラーッとした感じで集まってるんですよね。

真鍋 でも、たまに二人組で来てる大学生なんかもいて、すごい楽しそうなんですよ。でも自分は生活のためにやってたから……あれはつらかったですね。あれが毎日あったら、落ち込みますよ。すり減っていくっていうか。つまんない仕事でも、そこにいる人と仲良くなったら、それなりに楽しいじゃないですか。もし、それがない状況の人がまだたくさんいるんだったら、やっぱり生きてくってのはつらいことですよね。

──いまの真鍋さんが生きていく上での支え、生きがいみたいなものってなんですか?

真鍋 ものを作っている人間の月並みな答えで申し訳ないんですけど、やっぱり自分の中で「うわっ!こんなのができたんだ!」っていう瞬間があるんですよ。たとえば漫画の見開きとかで、「こういう感じでやったら絶対いいんじゃないか」とか思いつく瞬間に、喜びを感じていますね。だから、今は描くのがすごい楽しくて。人に会うのも面白いんですよ、変な人ばっか取材で会うから。変な人って言ったら失礼ですけど(笑)、やっぱり変わった人が多いから、新鮮なんですよね。新鮮な気持ちって、すごい重要じゃないですか。それを味わえる状態が今ずっとあるから、生きがいっていうか、楽しいですよ。本当に。

真鍋昌平(まなべ・しょうへい)

漫画家。1998年、『憂鬱滑り台』でアフタヌーン四季賞を受賞し、本格デビュー。2004年から「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載を開始した『闇金ウシジマくん』は、社会の底辺にいる人々の生活や心理を克明に描き、コミックスの累計発行部数600万部を誇る大人気作品となっている。同作品で第56回小学館漫画賞(一般向け部門)を受賞。また、11年に『スマグラー』が、12年に『闇金ウシジマくん』がそれぞれ映画化された。

前田隆弘(まえだ・たかひろ)

広域指定編集業。福岡県出身。ふだんは「TV Bros.」などで書いてます。はじめて死を意識したのは、小学生の時に見たドリフ映画の「いかりや長介が生きたまま火葬される」というシーン。喪失感よりもビジュアルから入ったクチ。


●「何歳まで生きますか?」が本になります

何歳までいきますか?

モダンファート連載の死生観インタビュー「何歳まで生きますか?」が、追加取材分を加えて12月21日書籍化! 気になるインタビュイーは掲載順に

二階堂和美/向井秀徳/雨宮まみ/pha/石井光太/真鍋昌平/入江悠/久保ミツロウ/東浩紀/金子平民/渋谷慶一郎/二階堂和美(再インタビュー)

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●出版記念トークショーのお知らせ

前田隆弘(まえさん)著「何歳まで生きますか?」出版記念
タナカカツキ著「部屋へ!」とっくに出版されてた記念
トークショー!

原宿LAPNET SHIPで開催中の「PHYSICAL TEMPO HO! HO! HO!」にて、まえさん著「何歳まで生きますか?」出版記念と、タナカカツキ著「部屋へ!」とっくに出版されてた記念を兼ねたトークショーを行います。

日時:12月22日 17:00〜
場所:原宿LAPNET SHIP(東京都渋谷区神宮前1-9-11-1F)
東京メトロ千代田線・副都心線「明治神宮前駅」5番出口より徒歩2分
JR山手線「原宿駅」表参道口より徒歩5分/p>

詳細はこちらから
http://p-tempo.posterous.com/1222-1830


●「デジオ 何歳まで生きますか?」

著者のまえさん自ら、本についてあれこれ語ります。
http://nansaimade.tumblr.com/

写真:川瀬一絵(ゆかい) / 文 : 前田隆弘

        
前田隆弘
前田隆弘
広域指定編集業。福岡県出身。ふだんは「TV Bros.」などで書いてます。はじめて死を意識したのは、小学生の時に見たドリフ映画の「いかりや長介が生きたまま火葬される」というシーン。喪失感よりもビジュアルから入ったクチ。

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