第4回 ブラックボックス

【A】

千円札

 普段はあまり自動販売機で飲み物を買うということは無いのだが、その日はかなり暑かったのでひどく喉が乾いていたため、近くにあった自動販売機で何か飲み物を買おうと、財布にあった千円札を入れた。

 さて、何にしようかなと思った瞬間、目の端にコンビニエンスストアの看板が見えた。せっかく買うなら、選択肢の多いところから選びたい。ということで、この自動販売機では買うのをやめようと思い、おつり(返却)ボタンを押して千円札を戻したところ、自分の心の中に小さなざわめきが起こった。

 最初に私が自動販売機に投入した千円札は、シワシワのものだったのだが、返却ボタンを押して出てきた千円札は、真ん中に折り目がついただけの、シワの無い綺麗なお札だった。

 普通に考えれば、私が投入した千円札とは全く違う千円札が返却されてきたと判断するべきだ。千円札の番号を比較すれば、簡単に検証することができる。しかし、最初に私の心の中に浮かんだのは、「自分の投入した千円札がそのまま、自動販売機の中できれいにシワが取られて出てきた!」という気持ちであった。

 中が見えず仕組みが分からなかったということが最大の理由だろうが、私の頭は、理屈で考えた時の正しさよりも「中でシワを取った」という強引な因果関係の方を、その瞬間の最適解だと判断したことになる。どうやら私たちの脳は、それがたとえ真実とはかけ離れていても、目の前で起こったことに対して、常にその場で答えを出していくようだ。


【A’】

 もう10年も前の大学生の頃の話だが、先輩から自分の作っている作品に音をつけてくれないかという依頼を受けた。その作品は大学のとある施設に、1日だけ設置されるメディアインスタレーションで、特別なコントローラを操作することで、時間を巻き戻した(かのような)感覚を得ることをコンセプトにしたものだ。

 BGMのような形で私はいくつかサウンドファイルを用意したが、予算や音響効果、進捗状況の関係から、会場のサウンドシステムをそのまま使って音を出すこととなったため、来場者からは見えない、会場全体を見下ろせる場所にブースを作り、自分のラップトップコンピュータから音を出せるよう設営を行った。

 そのため、インスタレーションと音は一つのシステムでは無く、機械的に接続・同期されてはいないので、眼下のインスタレーションの状況を目視しながら、それに合わせて、その場で音を再生していくことになった。

 展示自体は好評の内に終えることが出来、ホッとしたのもつかの間、来場者から寄せられたコメントに私の心は惹きつけられてしまった。そのコメントというのは、「コントローラの操作だけでなく、私たちが会場の椅子に座った時にも音が完全に同期していたので、すごい空間体験をすることができた。アレはどうやっていたのですか?」というものであった。

 私は、コンピュータのキーボード1つずつに異なる音を設定し、キーを押すと設定された音のみが鳴るという仕組みで、自分のブースから見える全ての人の動きに合わせて、音を付けていた。私からは、人の動きは常に変化する楽譜のようなものに見えた。

 つまり、実際には機械的に動きと音が同期する仕組みは無く、私が操作していただけなのだが、体験者は機械的に実現されたものであると錯覚していたのだ。まさか人間がタイミングに合わせてボタンを押していただけなんて、思ってもいなかっただろう。

 「恒久的な設置を前提としたシステムを作ること」が目的であったら話は別だが、この時は1日限りのイベントだったので、新しい体験をもたらすことができるかどうかが最大の目的であった。背景の仕組みがどうであれ、「人の動きと音の完全な同期」というアウトプットさえ正確に実現されていれば、その体験の質を評価することができる。そして、仕組みのことなど何も知らない鑑賞者にとって最も大切なのは、アウトプットが「面白い」かどうかだ。という当たり前のことを、あらためて実感した貴重な体験であった。


【B】

水滴

 大好きな喫茶店「ルノアール」での休息も終盤に差し掛かり、コップに入った水を飲み直そうとしたその時だ。コップの周りの水滴が、自分のiPhoneの画面に落ちた。別に水滴が多少落ちたところで壊れるわけも無いので、慌てず「どれどれ?」といった感じでiPhoneの画面を見ると、水滴の上に赤緑青の光が綺麗に映っていた。

 その瞬間、このiPhoneの液晶ディスプレイに映っている文字や画像は、RGB(赤緑青)の光の集合でできていたんだということがハッキリと分かったのだ。知識としては当然知っていたことでも、普段使っている時に意識することはほとんど無い。第一、使うたびにそんなことをいちいち気にしていたら、液晶に映っている文字なんて、読めなくなってしまうだろう。

 このように、ふとした時に、普段は意識していなかった構造やシステムが露見化するのは、とても面白い。ほんの小さなことではあるが、世界を影で支えてくれている秘密の一端を覗けたような気持ちになる。


【B’】

  大学生の頃研究の一環として、研究室でよく工場見学に行っていた。工場だけに、都市部から離れた広い場所にあったため、駅からバスで移動することが多かった。

 目的地に近い停留所の名前は知っているのだが、電車に比べてバスは路線が複雑なため、土地勘の無い人間にはどのバスに乗れば最短で目的地に辿りつけるのかさっぱり分からない。そのため、路線を確認しようとバスターミナルの中央に見えた案内板へ行くと、そこには簡易なキーボードで操作できる情報端末が備えられていた。これを使えばラクかな?と近づくと、画面が青いまま止まっていた。

 この青い画面には見覚えがある。Windowsだ。理由は分からないが、とにかくシステムがフリーズしてしまっていることは分かる。キーを打っても全く反応はない。

 さて、どうしようかとみんなで思っていた時に、引率してくれた研究室のTA(Teaching Assistant)が「僕がこの端末のプログラマーだったら、このボタン(4つ)全て同時に10秒くらい長く押すと、ハードウェアリセットできるようにする」と言い、ボタンを押し始めた。ほどなくして彼の言うとおりシステムは再起動し、私たちはバスのルートを調べることができた。

 あの、公共の情報端末の画面にいつも見知ったWindowsの画面が見えた時、非常に興奮したことを覚えている。普段隠されていた仕組みが露見化されるのを見た時に、人は興奮するのだろうか。

 ちなみに、ハードウェアチェックのために普段は操作しないボタンの押し方をすることで、テスト機能やリセットをできるようにしておくのが当たり前の習慣だと知ったのは、それから数年後、働き初めてからのことだ。世界には「いつか誰かのために」想定されたボタンの押し方が、数多く隠されている。


【AA’=BB’】

 今回のテーマである「ブラックボックス」とは「中で、どうやって動いているのかという仕組みを理解していなくても、使い方や操作方法さえ知っていれば、十分使うことができてしまう装置」の事を指して使われる言葉だ。

 AA’はそういったブラックボックスの仕組みが分からなくても、結果から勝手に仕組みを解釈してしまうような事例を取り上げた。一方BB’では、普段ブラックボックスとして扱っている道具が、ふとした瞬間に仕組みが露見化した時の面白さや興味深さについて書いている。

 ブラックボックス化された社会の現状はよく、科学・文明批判の例として挙げられる。確かに私たちの身の回りはブラックボックスで溢れているし、なぜ動くのかという原理を自信を持って説明できるものなんてほとんど無いだろう。

 私は逆に、こういったブラックボックス化した社会の現状は、「知的好奇心」を誘発させるチャンスだと思っている。今回とりあげた事例のような、日常でブラックボックスが露見化された「ちょっと不思議な、面白い」出来事に出会うことは、「一体なんで、こんなことが起こったんだろう」とメカニズムやその先にある原理を少しずつ知っていく良い機会になるのではないだろうか。この文章も、そんなきっかけの一つになれば、幸いだ。

画・文 : 菅俊一

        
菅俊一
菅俊一(すげ・しゅんいち)
会社員/研究者/映像作家
1980年東京都生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科修了。在学中より人間の知覚能力に基づいた新しい表現の在り方を研究し、映像やグラフィックをはじめとした様々な分野に定着させる活動を行なっている。主な仕事に、NHK Eテレ「2355/0655」ID映像の企画制作、著書に「差分」(共著・美術出版社)など。2012年、D&AD Yellow Pencil受賞。http://syunichisuge.com/