古来から「メメント・モリ(死を思え)」と言うように、人は生まれた瞬間から死に向かって生き続けます。生きるために死ぬのか、死ぬために生きるのか? 気になるあの人に死生観を聞いてきました。   ( 第1回から読む )

「何歳まで生きますか?」石井光太さんに聞く【前編】

今回登場していただくのは、ノンフィクション作家の石井光太さん。貧困、医療、遺体安置所など、「死が隣り合わせの現場」をいくつも経験してきた石井さんだけに、きっと何かしらの「死に対する特別な思い」があるのだろうと思って話を聞いたのですが……。

石井光太さん

「死」を描きたいから「死」を描写しているわけではない

──石井さんは、今の時点で自分が何歳くらいまで生きるだろう、あるいは生きたい、という感覚でいますか?

石井 何もないですね(きっぱり)。

──何もない?

石井 先のことを考えても仕方ないので。仮定の話はしないことにしてます。してもしょうがないですよね。

──何かを経てそう悟ったんじゃなくて、もう最初からそういう感じ?

石井 どうなんでしょう、わからないです。こういう性格なので、昔のことを振り返ることがあまりないんですよ(笑)。

──石井さんの作品の中にはたくさんの死が描かれていますけど、だからと言って「死について何か特別に考える」ということでもないんですね。

石井 死そのものについては、大した思い入れはないかもしれません。もちろん、関心がないというわけではありませんよ。ただ、他の人と比べて何か特別な思い入れがあって作品に登場させているわけじゃないということです。例えば、家族全員幼い頃に失って、そのトラウマがある、とかいうことはない。幸い、家族全員まだ生きていますし。

──死について思い入れがないというのは、かなり意外でした。

石井 別に死についてこだわりがあるわけじゃなくて、僕は生きてる人間を描きたいんですよ。その「生」を書くために「死」をも描写することはあっても、「死」を描きたいから「死」を描写するということはない。「死」を描くのは、あくまで「生」を描きたいからなんです。

──死にこだわりがあるわけじゃないにしても、否応なくたくさんの死に遭遇することで、死についての感覚が変わったということはないんですか?

石井 どうなんでしょうね。人間って大変じゃないですか。生きているだけで精一杯じゃないですか。死ぬことをぐちぐち考えるのって、余裕があるってことなんじゃないですか? だからいろんなことを考えられるわけでしょう。アジアでもアフリカでも中東でも、たしかに平均寿命は短いし、目の前で人がバタバタ死んでいきますけど、みんな生きるのに精一杯でそんなこと考えてられないですよ。必死に生きている。
 もちろん、僕自身がそこで人の死を見て変わった部分はたくさんあると思います。でも死だけじゃなくて生を見て考え方が変わった部分だってたくさんある。死の部分だけを見て何かが変わったわけじゃないですよ。一つのものから影響を受けるっていうよりも、そこにある生と死という複合的なものをすべて受け入れて、初めて何かを感じるわけです。
 実際に影響を受けているときっていうのは、例えば「ここで人が死んでいる」「ここで飯を食っている」「ここで遊んでいる」この全部の中で影響を受けるわけですよ。文章を書く時は、当然何か一つに視点を定めなきゃいけないときが当然あるので、「死」だけ書くこともあれば、「食」だけ描写することもあるし、「遊び」を描こうとすることもある。だけど、実際に現場にいて影響を受ける人間としては、個別の事象というよりも、すべての事象から影響を受けているっていうのが、正しい答えだと思いますね。

「書く人間」と「感じる人間」、二人の自分が同時に存在している

──じゃあハードな現場を目の当たりにして、つい感覚が引きずられてしまうようなこともない?

石井 感覚が引きずられる、というのは?

──フラットな感情で取材しようと思っていたとしても、目にしたものがあまりにハードなものだった場合に、感情が乱れたり、感情移入の度合いが強くなってしまったりする、という意味で。

石井 僕はある意味、幽体離脱しているんですよ。「作る人間」と「実際にここにいる人間」っていうのが完全に分かれている。だから、「実際にここにいる人間」として現場で泣いたり笑ったり苦しんだりすることはたくさんありますよ。365日、常にある。だけど、「作る人間」は別世界にいるんですよ。(頭の上方に手をかざしながら)上にいて見てるだけなんです。
 だから、二人いるんですね。「書いてる人間」っていうのは(頭の上を指しながら)コイツなんです。「体験してる人間」は(自分を指して)コレなんです。だから僕は、常にいろんなことを感じているし、苦しんでる部分だってたくさんあるんだけど、「書く人間」はまったく別のところにいる。そいつは100%客観的なんです。だから文章を書けるんですね。二重人格なんですかね(笑)。いずれにせよ、クリエイターの中には「書く人間」と「感じる人間」二人いるっていうことです。

──死が隣り合わせの現場を多く取材することになった動機って、何かあったんですか?

石井 どうなんですかね。きれいに見える場所でも死が近くにあるんじゃないですか。たとえば、ここ(取材場所のカフェ)でがん細胞を持っていて不安な人間がどれだけいますか。たぶん相当いるでしょう? そういう意味では死が隣り合わせといえなくもない。いじわるな答えですが(笑)。

──偶発的なレベルではどこだってそうなんですけど、そういう場所を意図的に選んでいる、という意味ではどうなんですか?

石井 意図的に……。僕は意図的に選んでいるつもりはないです。これは冗談じゃなくて本当に。僕は美しいものを見たいだけなんですよ、人間の。

──美しいもの?

石井 はい。「その美しいものは何か」って考えたときに、それはこんなきれいなカフェでお茶してる人間じゃないんですよね。例えばこの本(『遺体』)であれば、遺体安置所で必死になって、死体に声をかけているおじいさんです。その人と、ここでお茶しているおばさんたちのどっちが美しいかというと、僕は前者のほうが美しいと思うんですよね。ただそれだけです。あるいは、そこらへんでゲームで遊んでいる子どもたちを見ても美しいと思わない。だけども、栄養失調になって、苦しみながらも一生懸命に恋愛してる人間を見たら美しいと思う。だから僕はそこに行くだけの話です。
 極論すれば、僕は死を見たくて遺体安置所へ行くわけではないし、貧困を見たくてスラムへ行くわけじゃないんですね。もちろん、死や貧困に興味がないわけじゃない。しかし、それは「死や貧困を見たい」というのではなく、その現場でくり広げられている人間としての美しさの方に興味があり、そっちを見たいと願っている。そういう意識の方が強いんです。
 それは読者から見れば結果的に「死に近い現場に行っている」ということなのかもしれないです。でも僕は、自分で意識的に死に近い現場を選んでいるという感覚は一切ないですね。

石井光太さん

徹頭徹尾、生きている人間にしか興味がない

──最初に「人間には死が訪れる」というのを意識したのは、いつ頃ですか?

石井 自分のひいばあちゃんが死んだときでしょうね。時期は覚えてないです。たぶん幼稚園か小学生ぐらいの時だと思います。そのときに、棺桶の中のひいばあちゃんの死体を見たわけですよ。そしたら、がんだったのかどうか分からないけど、すごく痩せてて。人間って、痩せると鼻がでかくなるんですよね。なんか魔女みたいになるんですよ。で、それを見たときに、「魔女がいる!」と思ったんですよ。「ばあちゃんが魔女になった!」みたいなね。そのときにゾッとした記憶がある。そのゾッとした感覚っていうのが、初めて感じた死なんだと思いますね。

──人間が異形になったことに対して直感的に怖れを抱いた、という?

石井 そうそう。魔女になったんですよね。棺桶の中に、分厚い眼鏡をかけていた普通のばあちゃんが、いきなり魔女面になってたんですよ。それに対して、何か深い意味があってということよりも、ただそれに対してゾッとしましたね。

──直感的じゃない、いわゆる「喪失体験」みたいなレベルの死というのを経験するのは、どれくらいになってからですか?

石井 あんまりないんですよね。じいちゃんが死んだときも文章を書いていて葬式に行かなかったし。自分の両親は二人とも生きているし、弟も妹も生きているし……日本で友人が死んだということもあまりないし……だから喪失感というのは、あんまり経験ないですね。……ありました?

──僕はありますね。

石井 どなたが死んだ時ですか?

──ひとつ挙げるとすると、大学で仲の良かった人間が死んだ時ですね。

石井 自殺?

──そうです。

石井 なんで自殺したんですか?

──真相はわからないんですけど、たぶん複合的な原因なんじゃないかと思います。大学を中退して仕事がない状態だったとか、彼女と別れて孤独な状態に陥っていたとか。

石井 たぶん、それと同じストーリーが僕の傍であったとしたなら、僕はそこで死について考えないと思うんですよ。むしろ、自殺した友人の美しい部分を探そうとする。自殺を考えながらも懸命に生きていた期間だとか、自殺の寸前までペットに餌をやっていた姿だとか、遺書を何度も書き直している光景だとか。死という結果よりも、そこに至るまでにある美しい光景を探そうとする。それが僕の目線なのかもしれません。

──そこで何を考え、何を悩んだのか。

石井 そう、そこに対して猛烈に関心がある。結果としての死に対してはたぶんあまり関心がないんでしょうね。僕の身の回りにも死んだ人間は少数ですが当然いますけど、そうなんだと思う。例えば、中学時代の友達が事故で死んだとき、そいつが昔付き合ってた彼女から連絡があったんですよね。その時、僕は友人の死より、恋人のことを考えた。恋人はどうやって死の連絡を受けたのか、何を思ってここで電話してきたのか、人に伝えてどういう気持ちなのか。つまり友人が死んだことを嘆くというより、遺された人の気持ちとかドラマに関心が動いているのです。

──徹頭徹尾、「生きているほう」なんですね。

石井 そう。今話してて、すごい思った。興味がないというよりも、たぶんそっちに美しさを感じちゃうんですよね。自分でこう言うのもなんですけど、もう120%「作る人間」なんだと思うんですよ。そういうことが起こった瞬間に「そこにどんなストーリーがあったのか」と考えて、他のことはほとんど頭に入ってこない。もちろん主観ではガクっと来ますけど、たぶんそっちのほうが強いんですよ。

──「現場」の石井光太よりも、「プロデューサー」の石井光太のほうが……。

石井 強いですね、全然。もちろん、それでつらい思いをすることもあるんだけど、その瞬間に「どういうパズルなのか?」ということを考えてますね。例えば、「父親が死んだ」って言われたとするじゃないですか。その瞬間、いろんな(パズルの)ピースがブワッと投げ込まれるわけですよ。で、パズルを組立て終わったらそれが物語になる。その「組み立てる」っていうのが作る作業ですよね。それができるかどうかを考えます。もちろん、それに対して悲しいという気持ちはありますよ。でもそれとは別に、(頭上で手を動かしながら)こっちのほうが動きはじめちゃうんですね。つまり、二重人格のもう一人の「作る自分」が動きはじめる。もちろん、人間として悲しむ自分もいるんですが、それと同時にもう一人はすでに作りはじめている。まぁ、それが作り手として生きるということなんだと思います。

石井光太(いしい・こうた)

ノンフィクション作家。2005年、アジアで物乞いをする障害者たちを追ったルポルタージュ『物乞う仏陀』(文藝春秋)でデビュー、同年の開高健ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞にノミネートされる。最貧困の現場で生きる子どもたちを見つめた『ルポ 餓死現場で生きる』(ちくま新書)や、東日本大震災後の遺体安置所をめぐる人間模様を描いた『遺体』など、人間の生と死に関わる著作を多く発表している。最新作は『戦場の都市伝説』(幻冬舎新書)。

前田隆弘(まえだ・たかひろ)

広域指定編集業。福岡県出身。ふだんは「TV Bros.」などで書いてます。はじめて死を意識したのは、小学生の時に見たドリフ映画の「いかりや長介が生きたまま火葬される」というシーン。喪失感よりもビジュアルから入ったクチ。

写真:ただ(ゆかい) / 文 : 前田隆弘

        
前田隆弘
前田隆弘
広域指定編集業。福岡県出身。ふだんは「TV Bros.」などで書いてます。はじめて死を意識したのは、小学生の時に見たドリフ映画の「いかりや長介が生きたまま火葬される」というシーン。喪失感よりもビジュアルから入ったクチ。

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