古来から「メメント・モリ(死を思え)」と言うように、人は生まれた瞬間から死に向かって生き続けます。生きるために死ぬのか、死ぬために生きるのか? 気になるあの人に死生観を聞いてきました。

「何歳まで生きますか?」雨宮まみさんに聞く【前編】

自らの「生」と「性」に向き合った著作『女子をこじらせて』によって、今や「女子としての<生れ出づる悩み>を語らせたらこの人」というべき存在になった雨宮まみさん。その「こじらせ」は死生観にどのような影響を及ぼしているのか、たっぷりと語ってもらいました。3.11の受け止め方は、かなりの衝撃でしたね……。

雨宮さん

いつまで生きたい? 別に明日死んでもいいです。

――雨宮さんは今の時点で「何歳まで生きる」という感覚でいますか?

雨宮 考えたんですけど、大体どの歳でも、5年先くらいまでしか分からないんですよね。5年以上先のことを考えると、逆にもう死にたくなるというか。

――それは不安だらけで?

雨宮 そうですね。「80歳まで生きる」って言われたら、けっこううんざり。

――長生き願望はあまりないんですか?

雨宮 全然ないですね。「いつまで生きたいか?」って言われたら、別に明日死んでもいい。

――明日?マジですか!?

雨宮 明日死んでよかったら、今日もう仕事しなくていいし(笑)。

――そりゃそうですけど(笑)。

雨宮 今日お金を全部使ってもいいし。すごく楽じゃないですか、未来に備えなくていいっていうことが。すごい楽しいと思うんですよ。使えるお金も持ってるし時間もあるけど「まだ生きなきゃいけない」って思うと、「将来のためにお金はとっておかないと」とか、「今日はやっぱり仕事をしないとまずい」とか、未来の備えのために本当はやりたくないことをやらなきゃいけなかったりするじゃないですか。それが「明日死ぬ」って言われたら、すべての義理とか、ちゃんとやらなきゃいけないことを放棄していいんですよね。

――どっちかというと「死ぬの怖い」じゃなくて「死んだら楽になれる」みたいな感覚ってことなんですかね。

雨宮 本当の死とはまた別だと思うんですけど、死ぬっていうことを考えると、自分の中ではそんなに悪いイメージじゃないですね。逃げる手段として、「いざとなったら死ねばいいや」みたいな。実際に自殺をするかどうかってところまではいかないけど、「最悪死んじゃえばいいや」って思うと気が楽で。

――将来のことよりも今のほうが優先という感覚は、いつ頃から持ってるんですか?

雨宮 いつ頃からでもあるかな。若いときから。ある程度以上の年齢になるっていうことに対して、全然楽しいビジョンがないんですよ。女って歳とるとモテなくなるっていう怖さが、ずっと最初からあるし。そのうえ働けなくなる。自分の職種的に、若いほうが重宝される仕事じゃないですか。そしたら、仕事もだんだんなくなっていく。モテなくなる。年金もらえるか分からない。そしたら、死んだほうがいいかな、とか思っちゃって。

――お金は分かりますけど、「モテなくなる」っていうのは恐怖なんですね。

雨宮 恐怖っていうか、異性と楽しい関係が築けるっていう楽しみがなかったら、あとは……何をやろうかなあ……って(笑)。一日中寝っ転がってずっとマンガ読んでていいんだったら、80歳くらいまで生きてもいいですけど(笑)、今のまま歳とったら、たぶん働かなきゃいけないと思うんですよね。でもそれで、いっぱいお金持ってマンガ好きなだけ買えるような人生になるか、っていうとわからないですよね。……「マンガ読むのが人生の楽しみ」みたいになってますけど(笑)。でもやっぱり、ずっと家にいて本だけ読んでいられるって理想の生活ですよね。80歳くらいになると目も悪くなるし、耳も悪くなるし、今まで当たり前に楽しんでいたものが楽しめなくなる可能性が高いですよね。今楽しんでいることが歳をとっても同じように楽しめるかどうかわからない。そうなると、いったい自分が何を楽しみにして毎日生きるんだろうな……って思っちゃいますね。

――身近なおじいさんやおばあさんは、歳をとっても人生を楽しんでる感じですか?

雨宮 うちの祖母はけっこう楽しんでますけど……祖母は、すごい文化系女子なんですよ。私が中高生くらいの時に「Olive」を買ってて。

――えっ!?

雨宮 祖母の「Olive」を私が読んでる、っていう感じで。

――じゃあファッションも……。

雨宮 私が中学生・高校生ぐらいの時は、ISSEI MIYAKEとかYOUJI YAMAMOTOが好きで、祖母のおさがりを私が着てました。洋裁ができるんですよ。リアル「カーネーション」。

――小篠綾子みたいですね。

雨宮 そうなんですよ。お友達だって言ってました。

――ええええええ!

雨宮 だから、祖母はけっこう楽しそうですね。祖母は田舎で持ち家があって、家族もいて、毎日うちの母が祖母の家に寄ってるので、さみしくない生活をしているんですけど、自分がおばあちゃんになった時にそんな感じになるかっていうと……いやあ、たぶんならないだろうなあ。子どもを生むっていうことをあんまり想像したことがないので。別に一人でいいんですけど、そういう余裕のある老後になるかっていうと、たぶんならない気がする。

雨宮さん

めんどくささは生きてる限り付きまとう

――さっきの「先のことを考えると死にたくなる」っていうのは、自分の好きなものとか好きな人に囲まれている状況がなくなってしまうから?

雨宮 というか、すごいわがまますぎて死にたくなる……というのがあって。普通に会社で働いていた頃に比べたら、今って朝起きなくてもいいし、仕事しない日はずっと家にいていいし、ものすごい気楽な状況ですよね。こんなに気楽な状況でさえ、「仕事するのめんどくさい!」とか思ってるのって、もう生きてく資格ないじゃないですか(笑)。「やっぱりちょっと向いてないな」って思うことがけっこうあるんですよ。

――「仕事がめんどくさい」っていうのは、フリーランスでも勤め人でも共通してあると思いますよ。

雨宮 でも、仕事はずっとしなくちゃいけないし。生きていて楽しいことはもちろんいっぱいあるんですけど、それと同じくらいめんどくさいことっていっぱいあって。食べ物買ってきてもすぐ食べちゃって、また次の食べ物を買いに行かなきゃいけないし……。

――当たり前でしょう!!!

雨宮 いやいや(笑)、なんか顔を洗っても歯を磨いても一日経ったらまた汚れてるし。それをいつまで続けなきゃいけないのか……ってなると、「もうすごいめんどくさい」って思うんですよね……。

――もちろん生きていく上では楽しいこととめんどくさいことが両方あるわけで。これは受け取り方の問題だと思うんですけど、世の中的には「生きてりゃめんどくさいことはあるよ。でも、いいことだってあるんだから!」みたいな言い方をするじゃないですか。それが雨宮さん的には、「生きてりゃいいことはある。でも、基本めんどくさい!」という感じになるんですか?

雨宮 うーん……めんどくさいことも含めてですけど、例えば本当にすごいつらいことっていうのもありますよね。どんなに善良な生き方をしていても、どうしようもなくつらいことは絶対に起こるじゃないですか。「そういうつらいことがあったからこそ、喜びがより深くなる」みたいな言い方もできますけど、なんかそれすごい癪(しゃく)なんですよね。つらいことがあったから楽しいことがより楽しい、っていうことをあんまり受け容れたくない。つらいことなんかないほうがいいと思うし、それを生きてることで「仕方ないから受け容れろよ」って言われてるような気がして、理不尽だなって思ったり。「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」みたいな気持ちって、どこにもぶつけようがないじゃないですか。「そんなこと言うんだったらいつでも死んでやるからな!」みたいなこと(笑)、思うときはありますね。

30でも全然死にたいじゃん!

――「生きてる人はいずれ死ぬ」っていうことを初めて実感して、怖さを感じたような経験はありますか?

雨宮 私、それがないんですよね。お葬式にも出てるんですけど。人の死を見てどうっていうのが……私、感じ方が分からなくて。本当に毎日会ってるような人とか、家族の中でもおじいちゃんおばあちゃんじゃない、親とか兄弟みたいな人を亡くしたことがないっていうのもあるかもしれないけど。葬式に行っても、自分が主体で悲しむっていうことができなくて。ある人を亡くして悲しんでいる人に感情移入して、すごい悲しい気持ちになるんです。人を亡くして悲しんでる人のやさしい心に感動するというか。

――ワンクッションあるんですね。

雨宮 はい。例えば、子どもが亡くなって、お母さんが泣いていたら「なんてひどいことなんだろう」ってすごい悲しい気持ちになるけど、直接その人が死んだことに対して悲しむっていうのとは、ちょっと違うんですよね。死ぬっていうことに対して嫌だっていう気持ちがそんなにないから。いろいろやりたいことがあったけどできなかった、みたいのもあるかもしれないけど、同時にいろんなめんどくさいことや苦しみから解放されるっていうのもあるから、それで絶望するほど悲しい気持ちになったことはないですね。

――もの書きをやってる人って、わりと鬱々とする傾向があるというか、一回くらいは真剣に「死にたい」と思ったことのある人って多いと思うんですけど、雨宮さんは差し迫ったレベルで「死にたい」って思ったことはありますか?

雨宮 うん、ありますねえ。年に数回くらいはあるんじゃないかな(笑)。自分で死ぬのってすごい大変だし、後始末を家族がしなきゃいけないっていうのを考えると、ちょっとな……っていうのがありますけど。でも何もなくてフッと死ねるんだったら楽だなあ、みたいに思うことはありますね。

――年に数回っていうのは、この業界に入ってからずっと?

雨宮 もともと子どもの頃から鬱々とした傾向はあるんですよ。学校の先生が「10代がいちばん死に近くてあっけなく死んだりする」みたいなことを言ってたんですけど、そのときも、「ああ、そっか」って思ってたし、「死にたい」とも思ってました。悩みが多かったから。

 でも30になってみると、「30でも全然死にたいじゃん!」みたいな感じで(笑)。だんだん落ち着いてきて、「死にたい」っていう気持ちがなくなるものだと思ってたけど、そうでもなかったなと。差し迫って苦しい、っていうことじゃないんですけど、なんかボンヤリと「死んだら楽だな」って。自分が生きてる以上、自分であることをずっと引き受けなきゃいけないじゃないですか。仕事もそうですけど、人との関係性での役割とか。そういうのを全部ほったらかしにしといていい、っていうのを、死ぬっていうこととイコールにして考えちゃう。

雨宮まみ(あまみや・まみ)

ライター。守備範囲は「セックス&自意識&女のあれこれ」(@mamiamamiyaのプロフィールより)。女子としての生きづらさに真正面から向き合い、その半生を赤裸々につづった単著『女子をこじらせて』(ポット出版)は、2011年の刊行以来いまもなお「こじらせ女子」を中心に多くの反響を呼び続けている。アダルト総合情報サイト「mens Now(メンズナウ)」にて、「AV監督への33の質問」連載中。

前田隆弘(まえだ・たかひろ)

広域指定編集業。福岡県出身。ふだんは「TV Bros.」などで書いてます。はじめて死を意識したのは、小学生の時に見たドリフ映画の「いかりや長介が生きたまま火葬される」というシーン。喪失感よりもビジュアルから入ったクチ。

撮影:川瀬一絵(ゆかい)/取材・文 : 前田隆弘

        
前田隆弘
前田隆弘
広域指定編集業。福岡県出身。ふだんは「TV Bros.」などで書いてます。はじめて死を意識したのは、小学生の時に見たドリフ映画の「いかりや長介が生きたまま火葬される」というシーン。喪失感よりもビジュアルから入ったクチ。

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