古来から「メメント・モリ(死を思え)」と言うように、人は生まれた瞬間から死に向かって生き続けます。生きるために死ぬのか、死ぬために生きるのか? 気になるあの人に死生観を聞いてきました。   ( 第1回から読む )

vol.03 死を考えながら生きるより、生の実感をつかみたい

──向井さんの作品には「諸行無常」という言葉が繰り返し出てきますよね。だからというわけでもないのですが、作品全体にどこか諦観のようなものが通底しているように思ったのですが。

向井 あの「諸行無常」というのは、決して諦めた、冷めた言い方ではないと自分では思ってるんですけどね。

諸行は無常である。それが繰り返されている。そのあとに、「それでも甦る、性的衝動」と続くんですけど。無常である、いつかはなくなる。ただ、本能として性的衝動は湧き上がってくる、と。それがずっと繰り返されている中に今生きている、っていうことなんですよね。

女性と行為をいたして、その行為の最中はすごい盛り上がってる。でも行為が終わった瞬間、燃えたぎっていたものはどこかへ失せてしまう。「早く帰れば?」とか言ったりしてね。

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──そんな(笑)。

向井 ただ、数時間後くらいにまたムズムズムズムズ燃えたぎってくるものを感じてしまう。またウワーッ!と燃えたぎってきて、電話をする。「来てくれ……」。

──自分で「帰れ」と言っておきながら……。

向井 で、またその行為が始まる。で、また終わる。そうしたらまたスーッと、無になる。「帰っていいよ」とか言う。で、また燃えたぎってくる。この繰り返しですね。

──右肩上がりで成長していくというより、同じところをぐるぐるぐるぐる回っていくという人生観。

向井 人生というか、人間のサイクルが、ということですね。生きることそのものが、ぐるぐると回っているというか。

──そういう考えはどこから生まれてきたんですか?

向井 やっぱり自分で音楽を作るようになると、「自分は音楽で何を言いたいのか」を突き詰めて考えるようになりますから。その中で出てきたことかもしれないですね。

「生き物はいつか死ぬ」とか「自分もいつか死ぬだろう」というのは、頭では分かってるんですけど、まだリアルに実感はしていないと思うんですよね。ただ、生きるということに関しては、「生きている実感を持ちたい」という欲求のようなものはある。音楽をやる理由はまさに、「生きている実感を、自分でリアルにガッツリ持ちえたい」っていうことなんですよね。

死ぬということを考えて、先に死が待っているということを感じながらそこに向かっていくのではなくて、それよりも、今現在生きている実感というのを少しでも持ちたい、という。それをもっと突き詰めていけば、死に向かって、限られた時間の中にどれくらい生きるか、っていうことだと思うんですけどね。

こうやってものを作ったり表現したりする上で、子どもの時から影響を受けた人や作品っていうのが多々あるわけです。その人たちが作る作品が自分の先にあって、自分もそれを目指していこうという意欲があって突き進んでいくんですけど、やっぱりその人たちは、だんだん亡くなっていく。そうなると、目指す先がいなくなってしまう。そのことを最近は考えてますね。目指していた人たちが持っていた意志を、自分たちが引き継いでいかなきゃいけない、っていうね。そういう使命感みたいなやつが芽生えはじめてきましたね。

──向井さんにとっての、死ぬときの理想的な状態というのは?

向井 まず、迷惑はかけたくないですね。「我が人生に悔いなし!と思って死ねるのかな?」と想像したりはするんですけどね。そうありたいですよね。「我が人生に悔いなし!……(バタッ!)」みたいな。

──長生きしたいという話がさっき出てましたけど、そこで体の自由が利かなくなっちゃうことも考えられるじゃないですか。それは嫌だと言っても、なるときは否応なくそうなるわけで。そうなったらどうするんですかね?

向井 その状態になって、「自分はダラダラと生きているだけで……それでもまだ生きたいのか?」って思い悩んで過ごす毎日だとしたら、辛い。辛いですね、それは。

──今の感覚では、「そういう状態になっても、辛さを抱えつつも生きてくんだろうな」という感じですか?

向井 うーん……分からないですねえ……実に分からない。

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──例えばミュージシャンとか、作家でもそうですけど、長く現役で活動するために、やたら健康的な生活をする人がいますよね。そういうことは考えないですか?

向井 今からやっておく、みたいな? ああ、でもそうかもしれない。そうしなけりゃいけないとは思いますね。「俺はどうなってもいい」とか「そんなに長く生きる必要はない」ってふうには思わないから。青汁とか飲み出すかもしれない(笑)。

ただ、こういうことを考える気持ちの余裕があるというのは、どっちにしろ幸せなことですよね。生きるか死ぬかを考えることもできない、いつ死んでもおかしくないような状況にある人たちも、やっぱりいるわけで。こんな話題を我々が考えているというのは、すごく幸せなことなんだなあ、ということは話していて思いますね。(了)

 

目次
1. 「年を取りたい」とずっと思ってます(2010.03.22)
2. 猫と喪失感(2010.03.23)
3. 死を考えながら生きるより、生の実感をつかみたい(2010.03.24)

向井 秀徳(むかい しゅうとく)

1973年生まれ、佐賀県出身。自身の持つスタジオ「MATSURI STUDIO」でのセッションを経て、ZAZEN BOYSを結成。ZAZEN BOYS最新作は2008年リリースの『ZAZEN BOYS 4』。また、2009年には映画『少年メリケンサック』の音楽制作を手がけた。近年はZAZEN BOYS単独のライブ活動のほか、セッションライブにも積極的に参加、ますます求道的にグルーヴを追求し続けている。

▼向井秀徳情報
http://www.mukaishutoku.com/

撮影:イケラマン/インタビュー : 伊藤ガビン

        
伊藤ガビン
伊藤ガビン
編集者。原稿は遅いが、メシを食うのは異様に早い。紙・web・映像・家具など、あらゆるものを編集するが、最近はもっぱらこのサイトの編集に精を出している。実家はスーパー。280円弁当が評判。

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vol.01 「年を取りたい」とずっと思ってます
古来から「メメント・モリ(死を思え)」と言うように、人は生まれた瞬間から死に向かって生き続けます。生きるために死ぬのか、
vol.02 猫と喪失感
古来から「メメント・モリ(死を思え)」と言うように、人は生まれた瞬間から死に向かって生き続けます。生きるために死ぬのか、
vol.03 死を考えながら生きるより、生の実感をつかみたい
古来から「メメント・モリ(死を思え)」と言うように、人は生まれた瞬間から死に向かって生き続けます。生きるために死ぬのか、